【12月7日 MODE PRESS】57歳のアメリカ人フォトグラファー、マーク・レイ(Mark Reay)が初来日を果たした。188cmの長身にシルバーグレーの髪、上質なスーツを颯爽と着こなす姿はさながらハリウッドスター。だが、彼が世界的に有名になったのは皮肉にも、彼が実は「ホームレス」だったという側面だ。

 かつて「ヴェルサーチ(Versace)」や「ミッソーニ(Missoni)」のランウェイを歩くモデルであり、フランス版ヴォーグ(Vogue)誌に載ったこともあるというこの美貌の持ち主は、なんと6年もの間、ニューヨークのビルの屋上の一角を自分の寝床にしていたという。その過酷な暮らしに密着したドキュメンタリー映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』は2014年にアメリカで公開されるや否や、大きな反響を呼んだ。マークは“世界一スタイリッシュなホームレス”として脚光を浴び、その生活を一変させることとなる。

 今回は来年1月の日本公開に向けてのプロモーションでの来日。今はニューヨークで友人の家に借り暮らしをしているというマークに、彼の人生哲学について聞いてみた。

(c)2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

■彼が美しくあり続けた理由

 同作品は世界中のあらゆる映画祭で上映され、いくつものアワードを受賞した。「こんなふうにスポットライトを浴びるのは生まれて初めてで、なんだか世間に剥き出しにされたように感じた。でも僕の物語が多くの人の心に届いたことには達成感もあった」と語る。鍛えられた身体にデザイナーズスーツを着こなすマークは、どこから見ても富裕層のナイスミドル。マンハッタンに住む友人たちは、それまで誰も彼の境遇に気づかなかったという。「助けを求めている人間だと思われたくなかったんだ。見た目に関してはプライドもあった。だからビルの屋上でひどい夜を過ごした後でさえ、僕は身なりを整えた」

 マークが住まいを失ったのは経済的な理由からだ。夢であったフォトグラファーの仕事で思うように稼げなかった彼は「ほんの数日間」そこで寝泊りをするつもりで、ビルの屋上にこっそり忍び込んだ。だが結果的に、彼はそこで6年も過ごすこととなる。もう若くはなく、年老いた田舎の母親も頼れない。「夢は悪夢に変わった」とマークは当時を振り返る。「下手すると逮捕される可能性もあった。だからビルに侵入するときに不審がられないように、僕は自分の強みであるこのルックスを利用することにした。それが『身なりの良い男』の扮装をするようになった理由だよ」

(c)2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

■崇高なるホームレス生活

 もちろん屋根のない屋上での暮らしは、肉体的にも精神的にも苦難の連続だ。コインロッカー4つ分の荷物のみを所有し、ジムや公園のトイレを利用して顔を洗う日々。外で撮影や映画のエキストラ出演などをこなし、夜中に再び戻ってくるのは電気も暖房もない住処だ。ニューヨークの冬は気温がマイナスまで下がる。「とくに凍えるような雨の夜を過ごした日は、翌朝目覚めただけですでになにかを達成したような気分を味わった。ただ生き延びられたことに充足感を抱いた」とマークは語る。

「今の時代、西欧だけじゃなく、多くの人が家を持たない。発展途上国では、人々は小さな段ボールの中に住んでいる。それでも生き延びて、夢を持って暮らしているんだ。彼らの生き方は崇高だと僕は思う」。それは極限の暮らしを経験した人でないと語れない事実なのだろう。

ララ・ストーンやカーリー・クロスなどトップモデルたちの撮影も手掛けたことがある(2016年11月11日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

■安定した収入の代わりに得たもの

 大学でビジネスを専攻し、いくつかの会社で働いた経験もあるマークが安定した職に就くことは、本来ならそう難しくなかったはずだ。彼は聡明でフランス語も流暢であり、そして高いコミュニケーション能力も持ち合わせている。「でも僕は3つの仕事を選んだ。自分にとって大きな意味のあるもの、それが写真や演技、ときどきはモデルをすることだった。それで生計を立てるなんてクレイジーだとは思う。成功する人間なんて一握りだからね」と愛用するカメラを片手にマークは言う。「だけどそれが僕の選んだ道なんだ。夢を叶えるために悪戦苦闘しているが、それは幸せな足掻きと言える」

 デイズド・アンド・コンフューズド(Dazed and Confused)誌の撮影や「ダイアン フォン ファステンバーグ(Diane von Furstenberg)」のバックステージ撮影などもこなすマークは、ある意味、人々が羨むような仕事に就いていると言ってもいいだろう。だがそれが彼を裕福にすることは一度もなかった。「ファッション界は僕にとってほろ苦い存在だ。どれだけ努力してもちゃんと稼げたことがなく、過去を振り返ってもフラストレーションを感じるよ」と言う。「だが素晴らしい人たちとの出逢いには満足している。さまざまな人と出会って、異なる言語や文化を学んだことで人間として成長できたし、それには感謝したい」

「コム デ ギャルソン」や「ヨウジヤマモト」からモデルのオファーがもらえたらうれしい、と笑う(2016年11月11日撮影)。(c)MODE PRESS/Yoko Akiyoshi

 初めて訪れた日本ではお寿司を食べたり、新宿御苑を散策したりと積極的に異国文化を満喫していたマーク。「自分が手にしている少しのものだけで幸せになれる」という彼の生き方は、表面的な人生の「勝ち負け」にこだわる現代人に大きな疑問を投げかける。最低限のものしか持たない暮らしは、どこまでもまっすぐで、何よりも美しかった。映画は来年1月28日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開。(c)MODE PRESS

■作品概要
・ホームレス ニューヨークと寝た男(原題:HOMME LESS)
監督:トーマス・ヴィルテンゾーン
出演:マーク・レイ
音楽:カイル・イーストウッド/マット・マクガイア
制作年:2014年
制作国:オーストリア、アメリカ
公開:2017年1月28日よりヒューマントラストシネマ渋谷他 全国順次ロードショー

■関連情報
美しきホームレス、マーク・レイがすべてを失わない理由【後編】
・映画『ホームレス ニューヨークと寝た男』公式HP:http://homme-less.jp/
・マーク・レイ公式HP: http://www.markreay.net/