【1月20日 AFP】五輪の柔道競技で金メダルを2度獲得し、日本代表チームの監督を務めた斉藤仁(Hitoshi Saito)氏が20日、胆管がんで死去した。54歳だった。

 斉藤氏は1983年に行われた世界柔道選手権(World Judo Championships)モスクワ大会でタイトルを手にすると、1984年ロサンゼルス五輪と1988年ソウル五輪の95キロ超級を制し、2大会連続で金メダルを獲得した。

 斉藤氏はまた、2004年のアテネ五輪と2008年の北京五輪では日本代表チームの監督を務め、アテネ五輪金メダリストの鈴木桂治(Keiji Suzuki)を指導した。

 国際舞台で輝かしい実績を持つ斉藤氏だが、その存在は1984年ロサンゼルス五輪の無差別級で金メダルに輝き、全日本柔道選手権大会で9連覇を達成した山下泰裕(Yasuhiro Yamashita)氏の影に隠れた。

 斉藤氏は五輪で輝かしい実績を持っているものの、全日本柔道選手権では山下氏と3回対戦し、一度も勝つことができなかった。

 全日本柔道連盟(All Japan Judo Federation)で現在副会長を務める山下氏は、斉藤氏について「私の柔道人生の中で、最大で最高のライバルだった」とコメントしている。

 報道によると、斉藤氏は2013年に胆管がんを患い、2014年末に悪化したと伝えられている。(c)AFP