地域の学校と地元企業をつないで、持続可能な世界をともに考える商工組合中央金庫(商工中金)の取り組みが埼玉県で行われた。

場所は「狭山茶」で知られる狭山市の入間川沿いにある西武学園文理高等学校。同じく埼玉県に本社を置く森田産商株式会社を迎え、持続可能な開発目標(SDGs)について学ぶ特別授業が2023年11月7日に開催された。

商工中金は昨年、学校と地域の企業とタイアップして、子どもたちのSDGs学習をサポートする取り組みをスタートさせた。埼玉県は交通や物流のインフラが充実しており、商工中金では製造業や運送業の取引先が多いという。豊かな自然環境もあり、地域の持続的発展に寄与する産業基盤の集積が進んでいる。

「商工中金主催 SDGs教室~Sustainableな労働環境~」と題した授業には17人の高校生が参加。森田産商の森田泰嘉社長や担当教員、商工中金職員も交えながら少人数のグループディスカッションが行われ、働く人に関するテーマを中心にSDGsの達成について議論を交わした。

鉄鋼業界から挑むSDGs

授業に参加した森田産商は1970年に創業。厚板特殊鋼の溶断を手掛ける中小企業だ。スウェーデンスティール社(SSAB)製の鋼板「HARDOX(ハルドックス)」を取り扱っていることが特徴で、耐摩耗性に優れたスウェーデン製の鋼板を用い掘削機やダンプカー、解体機器などのパーツを製造販売している。取引先は300社を超える。

森田氏が就任した2015年以降、同社はSDGsの取り組みを本格化させた。「『SDGsをやるぞ』と言って行ったわけではない。身近な事から始めてこつこつとやった結果で、目の前のことを一つずつやることが大事」と森田社長は生徒に伝えた。

今回のテーマであるサステナブルな労働環境について、森田氏から鉄鋼業界の現状について説明があった。

「3Kとよく言われる。危険、きつい、汚い。過酷な現場だ。夏は暑いし冬は寒い。だから労働環境がどれだけ良いかどうかで働き方が変わってくる」と森田氏。また、この業界では、長時間労働や女性従業員比率の低さも課題だという。

埼玉県狭山市にある西武学園文理高等学校で行われた特別授業の様子 (c)AFPBB News

社長就任後、森田氏は労働環境の改善に取り組んだ。うす暗かった工場を明るくするためにLEDライトを設置。社員の有給休暇取得を促進するための管理システムも導入した。

森田産商では女性が活躍の場を広げている。現場の作業を仕切るのは女性工場長だ。部品の図面作成は女性リーダーが担い、大きな戦力となっている。事務職員も積極的に営業に出る。

また、社員の健康管理にも力を入れる。会社負担で全社員のインフルエンザワクチン接種を行っている。コロナ禍では、従業員のみならず家族が感染した場合にも特別休暇が取得できるよう柔軟に対応してきた。

一方、環境への配慮も並行して進めている。数年前には工場に太陽光パネルを設置。鋼材を切断するのにクリーンエネルギーの水素を活用した「水素ガス切断」も導入した。

森田氏は、「モノに対してのSDGs、人に対してのSDGs」を掲げてサステナブルな職場環境づくりを目指している。

埼玉県狭山市にある西武学園文理高等学校で行われた特別授業の様子 (c)AFPBB News
 

労働環境と多様な価値観

森田産商の取り組みを聞いた生徒たちは、感じたことや気付いたことをパソコン上の付箋や卓上のボードに書き込み、互いの考えを共有。より良い労働環境には何が必要かや持続可能な社会をつくるために自分たちができることについて意見を交わし、発表を行った。

参加した男子生徒から、ワーク・ライフ・バランスの重要性についての意見があった。「仕事も大事だけど休養も重要」と指摘し、仕事と生活の調和を維持するためには多様な価値観と広い視野が必要だと述べた。

また別の生徒から、労働環境の改善には、一人一人が労働意欲やモチベーションを持つことが大切ではないかとの意見が出た。「自分の意見を持ったり、将来を見据えたりすることで(改善が)達成できるのではないか」と問いかけた。

埼玉県狭山市にある西武学園文理高等学校で行われた特別授業の様子 (c)AFPBB News

森田氏が参加したグループでは、女性が働きやすい環境について話し合われた。生徒から、女性の職場環境改善のためどのような対策を取っているのかとの質問があり、森田氏は「女性だからという対策はかえって差別になってしまう」と現場の声を伝えた。

それに対して男子生徒からは、性別の先入観を取り払い、個人がやりたいことやできることを目指せる環境をつくるためにまず、身近なことから行動したいとの抱負が語られた。

森田氏は、今回の授業を通じて、お互いの価値観を認め合う大切さを改めて感じたという。「一人一人の価値観は違う。いろんな人がいる。自分の価値観も大事だし他人の価値観も大事。仕事も大事、プライベートも大事。バランスを取りながらやること(の大切さ)を気付かされた」

企業と学校をつなぐ授業

発表を終えた女子生徒は、地元企業からSDGsの活動を直接聞くことができ、とても貴重な経験をしたと話す。

「自分たちが出した案に対して、別の視点から新しい議題を出してもらった」と、グループディスカッションを振り返った。

「大人視点でのSDGsの見方や、子どもや学生視点でのSDGsの見方を共有し合える場所が増えると、解決策につながる選択肢が増えると思う」

埼玉県狭山市にある西武学園文理高等学校で行われた特別授業の様子 (c)AFPBB News

授業を担当した教員の田原友教諭も、企業を招いての授業の大切さを強調した。

「生徒たちが普段接する大人は自分の親か教員。そこに今まで見も知らない大人が入ってくることで、緊張しつつも学びや新しい発見がある」と田原教諭。

「学校という単位だとやれることに限りがある。このような企業との連携という機会は波及効果が大きい」と田原教諭は期待を寄せた。

森田氏も、生徒との対話は「意義深く、声をかけてもらいありがたかった」と話す。次回は自社の従業員と生徒が話し合える場を設けることができればと語った。

「学生とのつながりは企業側も必要だと改めて感じた。機会があれば臆せずやっていきたい」

埼玉県狭山市にある西武学園文理高等学校で行われた特別授業の様子 (c)AFPBB News
 

知る、思考する、行動する

参加した多くの生徒から、今回の授業を通じてSDGsを自分事として考えることができ、行動することの大切さを実感したとの感想があった。

授業を終えた男子生徒は「SDGsって漠然としすぎて、自分ができることは何だろうと思っていた」と明かす。「こうした授業を受けて、僕らでも理解できることがあり、考えなければいけないと改めて感じた」と言う。

女子生徒からは「SDGsは大きな目標というイメージがあったが、今回授業を受けて、私たちも小さいことからできるということを知った」との声が聞かれた。「これを学校生活にも生かしていきたいし、小さなことでも計画を立ててきちんとやりたい」

教員の田原教諭は、教育において大切なことは「知ること、思考すること、そして行動すること」だと言う。

「今日の授業で生徒たちはいろんなことを知って、話し合って考えるという段階まできた。今後期待したいのは、どう行動していくかというところだ」

埼玉県狭山市にある西武学園文理高等学校で行われた特別授業の様子 (c)AFPBB News
 
 

金融機関が産学連携をサポート

商工中金サステナビリティ推進室の山本尚見氏は、持続可能な社会の実現に向けて、産学連携の取り組みを全国に広げていきたいと語る。

「金融機関として、企業と学生の橋渡しのような役割ができればと思っている。学生の皆さんには実際の企業の取り組みを知ってもらう。中小企業の皆様には未来を担う若い学生との対話を通じて相互理解のきっかけになれば」と山本氏は期待を込めた。

「商工中金は全都道府県に拠点があるので、各地で地元の企業と学生の皆さんがつながるような取り組みを続けていきたい」と、先を見据える。

埼玉県狭山市にある西武学園文理高等学校で行われた特別授業の様子 (c)AFPBB News