【12月9日 AFP】人々が同性愛者の烙印(らくいん)を恐れ、政府がエイズ(HIV/AIDS)対策に本腰を入れず、教育・医療の機会にも恵まれないことの多いアラブ世界で今、HIV感染者が急増している。

 国連人口基金(UNFPA)の専門家、アレクサンダー・ボディロザ(Aleksandar Sasha Bodiroza)氏は7日、「中東・北アフリカでは、過去10年間にHIV感染が拡大している」と警鐘を鳴らした。同氏がAFPに語ったところによると、この2地域で治療を必要とする感染者数は2001年には約4万5000人だったが、2010年には16万人近くまで急増。地球上で最も感染が急拡大している地域だという。

 国連(UN)が今月発表した報告書によれば、世界的には新たなHIV感染例は減る傾向にあり、エイズ関連死もより多くの人が治療を受けられるようになったことで減少しつつある。しかし、アラブ世界は例外だ。国連の試算では、中東・北アフリカのHIV感染者数は35万人~57万人に上る。

■同性愛者のレッテルを恐れ

 米科学誌「プロスワン(Public Library of SciencePLoS ONE)」(電子版)に最近、掲載された研究には、同性とのセックス経験がある男性におけるHIV感染率はエジプトの首都カイロ(Cairo)で5.7%、スーダンの首都ハルツーム(Khartoum)では9.3%だった。

 HIV感染率は、注射器を使うドラッグ常習者や、男性同性愛者、売春婦と客など、いわゆる「ハイリスク・グループ」で高い。だが、同性愛や婚前交渉がしばしば「犯罪」とみなされるアラブ社会では、HIV感染者に不名誉の烙印を押して差別する傾向がいまだ根強い。

 レバノンのベイルート・アメリカン大学病院(American University of Beirut Medical Centre)の臨床心理士、ブリジット・クーリー(Brigitte Khoury)氏は次のように指摘する。「HIV感染者の人生はとても困難だ。近しい人とエイズについて自由に語り合うこともできない。家族から絶縁されたという話もよく聞く」

 ボディロザ氏は、烙印や差別への恐れが、HIV感染者や感染リスクの高い人々が必要な検査も治療も受けない最大の理由であるとともに、政府や市民社会が支援を提供する機会を制限していると説明した。

■エイズ啓発キャンペーンに乗り出す国も

 多くのアラブ諸国は、ビザや在留許可を申請した外国人にエイズ検査を義務付けている。

 今月、カタールの衛星テレビ局アルジャジーラ(Al-Jazeera)の南アフリカ人記者が、HIV検査で陽性反応が出たためにカタールを国外追放され、アルジャジーラも解雇されたというニュースが大きく報じられた。南アの人権団体Section27は早速、国際労働機関(International Labour OrganisationILO)の南ア代表団に対しカタールを提訴するよう求めた。

 一方、アラブ諸国の中でも比較的リベラルな国々は、公然とエイズ啓発活動を行うようになってきた。エジプトとレバノンでは、保健省とUNFPAが共同で11月から12月末まで「レッツ・トーク」キャンペーンを展開し、コマーシャルや街頭広告でエイズ検査を呼び掛けたり、無料・匿名で検査を受けられるセンターのリストを配布したりしている。

 エイズ問題で一歩前進した感はあるが、専門家らはアラブ世界で政治的混乱が広がる中、HIV感染拡大に取り組める政府は減るだろうと指摘する。ボディロザ氏は、「強いリーダーシップなくしては、これらの問題が完全かつ適切に対処されることはない」と危機感を表明した。(c)AFP/Natacha Yazbeck

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