【3月20日 AFP】イラクの故サダム・フセイン(Saddam Hussein)独裁政権を転覆した米軍主導のイラク戦争は20日、開戦から6年目に入る。しかし、数百万のイラク国民は、依然として日常的な無秩序状態や殺りくに直面している。

 5年前の2003年3月20日、米軍はイラクの首都バグダッド(Baghdad)に最初の空爆を仕掛け、約3週間でフセイン政権を転覆した。しかし、その後も米軍はイラク国民の憤りや反政府勢力などに悩まされ続けている。

 イラクのジャラル・タラバニ(Jalal Talabani)大統領は19日の演説で、米軍侵攻がフセイン政権の「拷問と圧制」の時代を終わりに導いたと讃える一方、新たにテロリズムや腐敗といった難題がもたらされた側面も認めた。

 全権を掌握し専制政治を敷いたフセイン前大統領の時代について、タラバニ大統領は、「刑務所は無実の囚人であふれ、拷問と非人道的な罪が繰り広げられるサダムの劇場だった」と語った。

 しかしそれから5年が経過した現在も、イラク軍と米軍の合同部隊は依然、反政府勢力やイスラム武装勢力の襲撃に日常的に直面し、国内のイスラム教スンニ派とシーア派の宗派間抗争も続いている。

■独裁政権は崩壊したが、まん延するテロリズムと腐敗

 世界保健機関(World Health OrganizationWHO)によると2003年3月から2006年6月までのイラク戦争による死者は、米軍および連合軍兵士で4000人以上、これに対し、イラク民間人は10万4000人から22万3000人とされる。

 多国籍非政府系シンクタンク「国際危機グループ(International Crisis GroupICG)」のイラク専門研究員は、トルコのイスタンブール(Istanbul)で電話取材に応え、「この戦争は米国の外交政策、イラクや中東の安定の双方の観点からも、無限の災いとなっている。イラクを崩壊させることなく米国がこの混乱から自力で抜け出す道を見出すよう望むしかない」と述べた。

 イラク戦費として、これまでに約4000億ドル(約40兆円)を費やしているジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)米大統領は19日、米国防総省で開戦5周年の演説を行い、戦争が人的、財政的に大きな犠牲をもたらしていることを認めながらも、開戦の決断および前年の米軍増派の決断は正しかったと改めて強調した。

「わたしにとって答えは明確だ。サダム・フセインを権力の座から追放したのは正しい決断だった。アメリカはイラクで勝利できるし勝利せねばならない」(ブッシュ大統領)

 ブッシュ大統領の演説の数時間後、国際テロ組織アルカイダ(Al-Qaeda)の指導者ウサマ・ビンラディン(Osama Bin Laden)容疑者が、イラクおよびアフガニスタンにおける米軍との戦いを継続する決意を表明したビデオ声明が公開された。

 ビデオの中でビンラディン容疑者は、イラク、アフガニスタン両国における米主導の連合軍の「残虐行為」により、「戦争終結は遠ざかり、われらの民のかたきを討つ権利、我らの国土から侵略者を追放する権利への決意を一層、強固なものとした」と対抗した。

■解体されたイラク国家、再建の見通し立たず

 バグダッドの一般市民の中にも、「アメリカ人は、バグダッド市民が以前は経験することのなかったテロリズムや街中での殺人などをもたらした」という声も聞かれる。

 また米国全土では19日、反戦とイラクからの即時撤退を訴えるデモが行われた。全米1600以上の反戦団体などのネットワーク「United for Peace and Justice(平和と正義のための連合)」の全米コーディネーター、レスリー・ケーガン(Leslie Cagan)さんは、「この戦争は今すぐ終わらせなければならない」と訴えた。

 ブッシュ大統領は、前年の米軍増派以来、イラクの流血事件は減少していると評価しているが、イラク駐留米軍のデービッド・ペトレアス(David Petraeus)司令官でさえも、国内和解に対するイラク政府の取り組みは前進していないと認めている。

 アラブ首長国連邦のドバイ(Dubai)に拠点を置くシンクタンク「湾岸諸国研究センター(Gulf Research Centre)」のムスタファ・アラン(Mustapha Alan)所長は、「軍事的勝利を獲得することはたやすいが、政治的勝利を達成することのほうが困難だ」と指摘、米政府はフセイン政権を解体させたものの、「(イラク社会を)再統合できずにいる」と分析した。

■厳しい情勢反映する国民の日常

 人々が直面する現実も厳しい。

 清潔な飲料水の確保や医療を受けることが困難なイラク人は数百万人に上り、赤十字国際委員会(International Committee of the Red CrossICRC)は「世界でも最も深刻な事態」と警告している。

 駐留兵力16万人を超える米軍増派により、イラク中部および西部の治安は改善。また、スンニ派の元反政府勢力が米軍の対アルカイダ作戦に合流し、シーア派の反米指導者ムクタダ・サドル(Moqtada al-Sadr)師が民間人やイラク軍および米軍への襲撃停止を命じるなどの相乗効果で、イラク国内の抗争や襲撃事件は減少している。しかし、2日前の17日には聖地カルバラ(Karbala)で52人が殺害される事件が起きるなど、反政府勢力が息を潜めたわけではない。

 一方、治安の次に国民の主な関心事である経済も、依然として破壊された状態だ。政府統計では失業率は25%から50%の間で推移しているとされる。

 イラクの主要財源である原油輸出は、政治派閥間争いの源ともなっている。イラク政府は、現在の1日当たりの原油産出量を国連の経済制裁下にあったフセイン政権時代よりも多い290万バレルとしているが、専門家らは実際の産出量は220万バレル程度とみている。

 都市基盤の再建事業には数十億ドルがつぎ込まれてきたが、管理が行き届かない手抜き事業が多く、浄水施設や電力供給は完全には復旧していない。

 国外脱出したイラク国民に対しイラク政府は、国に戻り再建に加わるよう呼びかけているが反応は鈍い。200万人が国外脱出したとされる中、隣国のヨルダン、シリアから帰国したイラク人は5万人を下回る状況だ。

 さらに、在バグダッドの米国大使館は前年、イラク政府のあらゆる階層において著しい腐敗がみられると文書で指摘、マリキ政権の取り締まりに対する姿勢に疑問を呈している。(c)AFP/Jay Deshmukh