【6月16日 AFP】世界最大の国土面積を持つロシアで、わずか10億分の1メートル単位の物質を加工する技術「ナノテクノロジー」が、これからの同国の経済をけん引するとして注目を集めている――と少なくとも政府は主張している。

 ナノテク業界に投じられた国家予算数十億ドルのいくらかを手に入れようと、ロシア全土の科学者らは新発明に向け全力を傾け始めたものの、一方で、長年政府に見放されてきた経験からいまだに懐疑的であることも事実。

 今月サンクトペテルブルク(Saint Petersburg)で開かれたビジネスフォーラムでは、乳がん検査のための温度カメラ、パイプラインの漏れを検出するセンサー、工業機器の耐用年数を延ばす特殊コーティングなどのナノテク関連製品が出展された。

 ナノテクノロジーは10億分の1メートル、つまりナノメートル単位の極小の構造を使って太陽光パネルからヒトの臓器までさまざまな物を作り上げる。

■国家肝いりのナノテク企業

 ナノテクノロジー振興企業、ロスナノテク(Rosnanotekh)は2007年、50億ドル(約5400億円)を拠出して設立された。1991年のソ連崩壊以来資金不足に悩まされてきたロシア科学者にとって前例のない規模だ。ロシアの科学者による発明品を商業ベースに乗せることと、共同出資を通じて民間投資を呼び込むことを目的としている。民間投資は日本や米国では主要な研究資金源となっている。

 石油と天然ガス収入への依存を減らし先端技術へのシフトを目指すロシアにとってナノテク産業は試金石となるだろう。だが、ソ連崩壊後破たんしたロシア科学界を考慮すれば、それは大きな試練だ。

■ソ連崩壊、そして頭脳流出

 旧ソ連時代の科学者は、命令と理想主義が入り交じった中で、宇宙技術などの分野で成功を収めてきた。だが、それは常に民間利用より軍事的発展を目的としたものだった。

 ソ連崩壊とともに国からの支援がなくなると、数十万人の科学者が米国のシリコンバレー(Silicon Valley)などに移って行き、科学者がいなくなった研究施設は、ほとんど活動を停止してしまった。

 ロシア国内の家電販売店にあるのはほとんどがドイツ、日本、米国の製品で、ロシア製の携帯電話、パソコン、家電製品はほとんど人気がない。

 ロシア当局者はこの状況が変化することを願っている。昨年ロスナノテクが設立された際に、当時のウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領も、ナノテクノロジーはロシア経済の「主要な方向」と強調した。

 サンクトペテルブルクのビジネスフォーラムで発表された研究報告によると、世界のナノテク産業は2014年までに2兆9000億ドル(313兆円)規模にまで成長するという。ロシアはこの業界のトップ、米国などに並びたいとの意向を示している。

■科学者の憂うつ

 だが、科学者は国の予算が有効利用されるとの見方を疑問視しており、また旧ソ連時代のままとどまっている科学分野と、手っ取り早く儲けたい企業との隔たりを埋めるのには時間がかかるとみている。

 モスクワ(Moscow)郊外にある研究施設の研究者は「(科学は)自動車のようなもので、車輪、車台、エンジンなどが一体となり、燃料を入れると動き出す」と話す。「エネルギー業界とは明らかに釣り合わない。技術は長期的な投資が必要だが、資源開発はすぐに結果が出る。ドリルで穴を開けて栓をひねればいいだけだ」
(c)AFP/Dario Thuburn