■「ここに参上」落書きか

 国際岩面画研究組織連盟(International Federation of Rock Art Organizations)の理事長を兼任するコジャド氏によると、手形壁画は欧州にある36の洞窟で発見されており、洞窟はすべてフランス、スペイン、イタリアのいずれかの国に位置しているという。

 欧州以外では、手形は南米大陸、オーストラリア、インドネシアなどでも発見されている。インドネシア・スラウェシ(Sulawesi)島の洞窟にある手形壁画は4万年前に描かれたもので、世界最古級であることが最近の研究で明らかになっている。

 4万年前の時代は、アフリカ大陸で出現した最初の現生人類ホモ・サピエンス(Homo sapiens)が欧州に到達し、アジアの一部に住んでいた頃にあたる。

 手形が何を意味するかをめぐってはさまざまな説があるが、文字で記された記録が存在しないため、大半は臆測の域を出ていない。

 研究者らは、手形が男性のものか女性のものかや、一部に手の指が欠けているものがあるのはなぜかなどを明らかにしようとしてきた。

 これは儀式の一つだったのか。指は凍えるほど寒い天候の中で失ったのか。あるいは、より広く考えられているように、手形はある種のサイン言語を表現している手で、描いた際に一部の指を折り曲げていただけなのだろうか。

 もし、ある地域の手形がすべて女性によって描かれたものだと、科学者らが確定できたらどうなるだろうか。

 コジャド氏の共同研究者のホセ・ラモン・ベージョ・ロドリゴ(Jose Ramon Bello Rodrigo)氏は「それは母権社会を意味するのかもしれない」と指摘した。

 では、現生人類ホモ・サピエンスが、あるいはそれ以前の旧人類ネアンデルタール(Neanderthal)人の可能性もあるが、単に洞窟内をうろついて、古代版「ここに参上」の落書きとして面白半分に自分自身の手の跡を残しただけなのだろうか。

 英ダラム大学(Durham University)のポール・ペティット(Paul Pettitt)教授(旧石器時代考古学)は、そうではないと考えている。

 ペティット教授は研究で、人々がどこに手形を残したかに注目し、一部のケースでは、手形の指がまるで岩壁のこぶを「しっかりつかんで」いるかのように、こぶの上に意図的に配置されているとみられることを発見した。

 また、多くの手形は洞窟のより奥まった場所にある。

「暗闇で何度も壁をよじ登るのは、非常に怖かったにちがいないし、極めて骨の折れる作業だったにちがいない」と、ペティット教授は指摘した。「面白半分にすることではない」