C・ロナウドを襲うバロンドールの「ジンクス」
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■メッシ、ディ・ステファノ氏でもジンクスに勝てず
スペイン1部リーグのFCバルセロナ(FC Barcelona)に所属し、2009年から4年連続でバロンドールに輝いたリオネル・メッシ(Lionel Messi)の最初の受賞年を例に挙げてみよう。
アルゼンチン代表は、2010年のW杯南アフリカ大会(2010 World Cup)で、メッシが1ゴールも挙げられなかったにもかかわらず、得点を量産して準々決勝までたどり着いた。しかしながら、メッシは、最も必要とされる時に得点することができず、マラドーナ監督率いるアルゼンチンは混乱に陥り、準々決勝でドイツに0-4で無残にも敗れ去り、ベスト8止まりに終わった。
だが、それは世界のトップ選手がW杯で失望の結果に終わったという昨今の歴史の一部にすぎず、物語は1957年にレアル・マドリード(Real Madrid)の伝説の選手アルフレッド・ディ・ステファノ(Alfredo Di Stefano)氏がバロンドールを受賞した時にまでさかのぼる。
アルゼンチン出身のディ・ステファノ氏は、祖国とコロンビアで代表選手を務めたあと、1958年にはスペインで市民権を獲得したが、この年のW杯で同国代表は決勝リーグに進出できず、世界最高の選手のひとりであるディ・ステファノ氏は最終的にW杯では無冠に終わった。
欧州年間最優秀選手(European Footballer of the Year)は、2010年からはFIFA年間最優秀選手(FIFA World Player of the Year)に統合され、FIFAバロンドールとして賞が授与されるようになったが、1977年に受賞したデンマーク代表のアラン・シモンセン(Allan Simonsen)氏は、所属するボルシア・メンヘングラッドバッハ(Borussia Moenchengladbach)でUEFAチャンピオンズカップ(European Cup)決勝まで進んだが、代表チームは欧州予選で敗退し、前年の受賞選手としては唯一W杯出場はかなわなかった。