北京の伝統家屋「四合院」で学ぶ――古き趣と文化の香りに育まれて
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【7月30日 CNS】北京市内には多くの歴史的文化遺産が残されており、時代の変遷とともに、かつての学び舎は近代的な学校へと姿を変え、一部の歴史建築も修復のうえ、風格ある学びの場として生まれ変わっている。そんな「古都・北京」の伝統家屋「四合院」で通学するとは、いったいどのような体験なのだろうか。
北京市の旧市街地を歩き、胡同文化の魅力が集まる旧市街の人気散策スポットを訪れると、ふと現れるのが100年を超える歴史を誇る「北京師範大学(Beijing Normal University)附属京師小学校」。都会の喧騒から少し離れたその校舎は、奥行きある中庭をもち、700年余りの歴史をもつ白塔(仏塔)と静かに向かい合っている。
校門の外には「正紅旗官学」と刻まれた素朴な看板が掲げられており、140年以上の学校の歩みがそこに込められている。この校舎はもともと清朝時代の私塾で、1883年に「正紅旗官学」(八旗制度の一部)として正式に設立された。以降、清朝・中華民国・中華人民共和国という三つの時代を経て幾度も名称を変えながらも、一貫して初等教育の場として歩み続け、「中国の140年におよぶ初等教育の縮図」とも評されている。
「ここは分校で、三つの四合院が縦に連なり、三つの胡同(路地)にまたがって、8クラスが同時に授業を受けています。本校の中庭型キャンパスとも対になっています」と、同校の研究主任である彭磊(Peng Lei)氏は語る。この学校は、現在も老北京の雰囲気を色濃く残す四合院型の学府として、国内外の視察者から高く評価されているという。
校門をくぐると、目に飛び込んでくるのは、作家であり卒業生でもある王蒙(Wang Meng)氏の筆による校名の表札と、「百年学校」の認定銘板。反り上がった屋根、青いれんがと灰色の瓦、彫刻や彩色が施された梁が季節ごとに美しく変化し、春は花、秋は月、夏は涼風、冬は雪と、まるで「公園に遊びに来たように自然と学びが始まる」と保護者たちは話す。
「高層ビルよりも平屋のこの環境は子どもたちにとってとても『地に足がついた』感じなんです。授業が終わればすぐに中庭へ出て、太陽の下で『ケンケンパ』といった昔ながらの遊びに興じることができます」と彭氏。授業中に小鳥が飛び込んでくることもあり、そんな出来事も子どもたちにとっては忘れられない思い出になるという。
この伝統的な佇まいの学校では、古典文化の教育にも力を入れている。たとえば四合院の梁には孔子の弟子入りや忠誠を尽くす物語が描かれ、窓ガラスには「業精于勤(努力は成果に通ず)」や「事半功倍(効率よく努力せよ)」といった故事成語が印字されている。いわば「梁には物語があり、窓には学びがある」というわけだ。
さらに「八徳の壁」も設けられており、「孝・悌・忠・信・礼・義・廉・恥」といった古代中国の道徳を刻んでいる。この考えを基盤として、学校独自の多教科統合型カリキュラム「漢字と美徳」も開発され、文字の成り立ちを学びながら中国の伝統的な価値観を自然に身につけられるようになっている。
同校の名物イベントとしては「玉蘭詩会(ぎょくらんしかい)」がある。これは詩の美しさや中国古代の精神性を体感する場であり、2019年にスタートしてから今年で7回目を迎える。玉蘭の花が早春に咲き始める3月から、ライラックの香る5月末まで続き、詩の暗唱、古詩の朗読、詩の絵画化、詩人とAIを使った対話、創作劇の上演など多彩な形式が展開されている。「子どもたちは四季の移ろいや花の香りの中で、自然と中国文化に触れています」と彭氏は語る。
このような環境で育つ低学年の生徒たちは、李白や杜甫だけでなく、范成大や戴復古といった知名度の低い詩人の詩も自然に覚えていくという。国語教師の安彤(An Tong)氏は、「1年生でも『飛花令』(あるテーマの文字が入った詩を順番に挙げていく遊び)を何ラウンドもこなせるようになり、ただ暗唱するだけでなく、その詩の持つ世界観まで語れるようになるんです」と話す。ある保護者は「子どもと公園に行ったとき、突然『水晶のすだれが微風に揺れて、庭じゅうに薔薇の香りが広がる』なんて詩句を口ずさんでいて、詩会の力を実感しました」と語っている。
古き趣と文の気配に包まれて、子どもたちはのびのびと育っている。「まさに『腹に詩書あれば気品自ずから生ず』という言葉を実感しています」と彭氏は述べ、学生たちの作品に見られる深い思索や表現力に感動しているという。伝統文化が教育に力を与えることを実感する日々だ。
北京市内の旧市街地には、こうした「古韻あふれる」学校が他にもある。たとえば孔子(Confucius)を祀る文廟の建築を残す「府学胡同小学校」、清朝の王族邸宅「克勤郡王府」を校舎とする「北京実験第二小学校」、そして「涛貝勒府」にある「北京第十三中学校」などがそれにあたる。
100年を超える屋敷から響く子どもたちの学びの声。古建築の趣が子どもたちの心を育み、静かな校庭が中国文化の系譜を受け継いでいく。そんな控えめで贅沢な教育環境こそ、北京という古都にふさわしい、唯一無二の人文風景である。(c)CNS/JCM/AFPBB News