高原の生態の記録者・中国
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【6月24日 Peopleʼs Daily】チベット自治区(Tibet Autonomous Region)ラサ市(Lhasa)にある「チベット高原生物研究所」の門の前で、副所長の楊楽(Yang Le)さんはチベット語で門衛と親しげに挨拶を交わした。湖南省(Hunan)出身の彼は、ここの勤務が20年を超えている。「今や、私の故郷はチベットだ」、彼は笑顔でこう話す。
楊さんは2004年に北京林業大学(Beijing Forestry University)を卒業後、「西部計画」(大学卒業予定者や大学院生を西部に派遣し地域支援活動を行う計画)のボランティアとしてチベットに赴いた。それ以来この地と切っても切れない深い縁で結ばれた。
当時チベットに到着した楊さんは、自治区の衛生監督所に配属された。その後ボランティアの任期がそろそろ終わる頃、彼の心には迷いが生じた。「ここに残るべきかどうか?」
2005年2月下旬、彼は偶然ラサの林周県で「チベット高原生物研究所」のオグロヅル研究の専門家・ツァンジュエ・ツォマさんと出会った。「我々の研究所でオグロヅルの研究に参加しないか?」、ツァンジュエ・ツォマさんが彼を誘った。生物学を専攻していた楊さんはこれに心を動かされ、研究チームと共にオグロヅルの野外観察に参加した。
楊さんは今でも覚えている。あの朝、彼はツルの鳴き声で目を覚ました。部屋を出ると、野原でオグロヅルの群れが舞っている姿が目に入った。これが彼にとって生涯初めて目にしたオグロヅルの野生個体群だった。
この高原地帯への理解が深まるにつれ、彼は専門人材の不足を痛感した。「オグロヅルに必要なのは単なる観察ではなく、科学的な根拠に基づく体系的な保護だ。この点で、私ができることは多い」、楊さんはこう考えた。
熟慮の結果、彼はチベットに残り、研究所でオグロヅルの研究に従事すると決心した。
林周県には主要なオグロヅルの宿地が2つあり、互いに離れている。人手が限られるため、通常はどちらか一方の宿地で定点観測を行っている。「両方の宿地を同時に観測できない場合、両地域間の個体群が重複してカウントされたり、見逃されたりする可能性があるのではないか」、楊さんはこう懸念した。
そこで彼は、ある日の夕暮れ、最初の生息地のオグロヅルの個体数を集計した後で、川沿いの砂地を自転車で走り、もう一つの生息地に向かった。深夜にやっと到着した彼は、オグロヅルの観察記録を完了した。
帰路、暗闇と周辺の地形に不慣れなため、楊さんは道に迷い、暗闇の中を必死に進んだ。寒風が吹き荒れ、彼は焦燥感に駆られた。その時、突然遠くから澄んだツルの鳴き声が聞こえてきた。「これはオグロヅルの鳴き声だ。この方向に戻れば間違いない。ツルが導いてくれている!」、彼はやっと心を落ち着かせることができた。
風雨や露営の苦労も、彼の歩みを止めることはできなかった。07年以降、彼はチベットのオグロヅルに対し、10回以上の全地域規模の冬季調査を実施し、野外調査の足跡はチベットの全ての県に及んでいる。毎年の走行距離は2万キロ近くに達する。
楊さんは20年余りの年月をオグロヅルと共に過ごし、その間に観測技術は向上し続けた。
以前は、研究者は朝から晩まで野外で観測を続けていた。オグロヅルの日中の行動のリズムを完全に観測するため、単眼望遠鏡で観測しながら、録音ペンで状況を口頭で記録し、夜に文字資料に書き起こす必要があった。しかし現在は、高画質のカメラやドローンが使われ、観測がより便利で迅速になった。
チベット自治区拉孜県(Lazi)曲瑪郷、楊さんは川岸に立ち、スマホで対岸のスタッフと連絡を取り、両岸で同時にドローンを上昇させた。多地点観測により、谷間の川に生息するオグロヅルを全体的に観測し、オグロヅルの個体数と分布状況の全体を記録でき、漏らす心配がない。「以前は想像もできなかった観測方法だ」、楊さんは感慨深く語った。
拉孜県の生息地は、楊さんが野外調査で発見した新たな場所だ。この谷間の川には、越冬のために約2000羽のオグロヅルが集まっている。
「オグロヅルの個体数が増加し続けていることは、高原の生態系が持続的に回復している証拠だ。この成果には我々研究者の貢献も含まれている」、楊さんは笑って言った。
「谷間に響くツルの鳴き声は、私にとって最も美しい自然の交響曲だ」、楊さんはそう語る。(c)PeopleʼsDaily/AFPBBNews