【10月29日 AFP】中世神話のユニコーンのような長い牙を持つイッカクの狩りでは、完全なる静寂が求められる。デンマーク領グリーンランド(Greenland)東海岸のスコアズビー湾(Scoresby Sound)の先住民はイッカクを怖がらせないように、子どもたちに水中に小石を投げるのを禁止しているほどだ。

 祖父から狩りを学んだピーター・アルケハンメケンさん(37)は、北極圏の短い夏の間イッカク狩りをしている。

 しかし、イッカクは年々見つけにくくなっている。

 手遅れになる前に先住民イヌイット(Inuit)の文化を一目見ようと観光客がクルーズ船で押し寄せ、狩りに必要な静寂が破られている。

 今年の夏は約60隻が、世界最大のフィヨルドの河口にあるイトコルトルミット(Ittoqqortoormiit)村にやって来た。

 観光をめぐっては、最寄りの集落から500キロ離れたこの村を再び活性化させると考える人もいれば、イヌイット最後の狩猟社会を破壊する可能性もあると心配する人もいる。

 北極圏では温暖化が急速に進んでいる。気温は世界平均の4倍の速さで上昇しており、イヌイットは絶えず脅威にさらされている。

■失われゆく狩猟場

「狩人はここで狩りをして暮らしている。子どももいる」と、イトコルトルミットで生まれ育ったアルケハンメケンさんは語った。イッカクの肉が重要な位置を占める伝統的な生活が脅かされることを懸念している。

 教師で元村長のヨルゲン・ユールト・ダニエルセンさんは、伝統的な珍味であるイッカクの皮と脂肪を切り取った「マクタック」など「イッカクはコミュニティーにとって非常に重要だ」と話す。

 だが、気候変動によりイッカクの生息地は縮小している。科学者らは狩猟が禁止されなければ、グリーンランド東部からイッカクが完全にいなくなってしまうと警告している。

 温暖化により氷が溶けやすくなったことは、もう一つの伝統的食であるアザラシ猟にも陰を落としている。

「以前は1年を通じて氷があったが、今はそうではない」と、アルケハンメケンさんは海を眺めながら話した。

 祖父は、村のすぐ外でアザラシを捕まえた話を聞かせてくれた。だが、今はアザラシを狩るにはフィヨルドの奥まで行かなければならないという。

「30年前には狩人がたくさんいた。今では10人か12人ほどしかいない」

■最後のチャンス、観光

 かつては閑静だった通りは、クルーズ船の観光客であふれかえっている。家々に掛けられたホッキョクグマの毛皮の写真を撮ったりしている。

 ドイツからの観光客は、ここの人たちがどのように暮らしているのか知りたかったと話した。

 ガイドをしたり、観光客向け犬ぞり体験などを提供したりする狩人も多い。

「狩人にとって、観光収入は大きな助けになる」と、現地で旅行会社を営むメッテ・パイク・バーセライセンさんは指摘する。

 一方で、クルーズ船のせいで狩猟ができなくなると懸念する人もいる。

 元村長のダニエルセンさんは、観光を歓迎する人と、観光が先住民の文化、特にイッカク狩りを衰退させるのではないかと懸念する人との間に対立があると認める。

 フィンランド・オウル大学(University of Oulu)で地理学を専門とするマリアナ・レオニ(Marianna Leoni)氏は「観光業は間違いなく、イトコルトルミットの伝統的な狩猟や漁業の脅威となっている」と指摘した。

 観光客はクルーズ船観光に最大で2万ユーロ(約320万円)を支払う。だが、その大半が外資系企業の利益となる。これを受け、グリーンランド当局は、地元に収入が入るようクルーズ客に課税している。

 しかし、1人当たり7ユーロ(約1100円)未満で、イヌイットに「十分に還元」されていないと指摘した。(c)AFP/Elias HUUHTANEN