【9月9日 AFP】ミス・ガビオタ(Miss Gaviota)は、メキシコのプロレス「ルチャリブレ」の花形レスラーだ。キラキラ光る紫色のレオタードに身を包み、割れるような拍手の中、リングに上がる。対戦相手は筋肉隆々の男性覆面レスラーだ。

 20年以上にわたりルチャリブレで活躍する「ミス・ガビオタ」ことウェンディ・マルティネス(Wendy Martinez)さんは、メキシコ初のトランスジェンダー・レスラーで、女性と対戦することもある。

 観客から「プト(puto)」という同性愛嫌悪的なやじを飛ばされてもひるまず、すばやく技を仕掛ける。「プト」とは男性の同性愛者を指す言葉で、レスリング会場でよく聞かれる。

 こうしたやじについてマルティネスさんは「この競技には付き物」と話した。

 マルティネスさんは首都メキシコ市の街角で受ける差別を、闘志に変えてきた。

「いつもけんかっ早くて、悪口を言うやつは許さなかった。だからある時『ルチャリブレをやったらどうだろう。そうすればけんかでお金を稼げる』と考えた」

 メキシコは、トランスジェンダーにとって世界でも最も危険な国の一つだ。

 人権団体レトラS(Letra S)によると、2022年に殺害されたLGBTは少なくとも87人に上る。LGBTを標的とした殺人は過去3年で増加傾向にある。犠牲者の55%をトランス女性が占め、LGBT全体にトランス女性が占める割合に比べて異常に多くなっている。

■昼は美容師

 マルティネスさんは日中、市中心部ソカロ(Zocalo、中央広場)近くで小さな美容院を切り盛りしている。美容院が入居する質素な建物は自宅にもなっており、数人の親族と同居している。

「ルチャリブレは(美容院の)接客で溜まったストレスの発散になる」と、叔母の髪を切りながらマルティネスさんは話した。

「みんなが私たち(トランスジェンダー)について話すとき、大体はセックス・ワーカーの話題だ。だけど、私はリングの上で、美容院にいるときや工房で衣装を作っているときと同じようにリラックスしている」

 メキシコでは、カラフルで女性的な伝統衣装に身を包んだレスラーが登場するのは珍しいことではない。

 ルチャリブレには、シスジェンダー(生物学的性別と性自認が一致する人)の男性が女装した「エクソティコ」と呼ばれるレスラーもいる。

 だが、トランス女性のマルティネスさんはエクソティコたちとは全く異なる日常を生きている。「リングから降りると、私は再び一から社会に立ち向かわなければならない。『つけまつ毛を取って家に帰る』といった単純な話ではない」

 公式統計によると、15歳以上のメキシコ人のうち、少なくとも500万人がLGBTを自認している。これは総人口の5%以上に当たる。

 マルティネスさんはリングの外と中、両方の自分を誇りに思っている。

「物心ついた頃から自分は女性だと思ってきた。神様が間違った体を与えたのかもしれないけど、これが私だし、絶対に変えようとは思わない」

 映像は今年6月に撮影。(c)AFP/Alfred Davies