【3月13日 AFP】ベトナムの首都ハノイ中心部にある、かつて富裕層が住んでいたフランス様式の邸宅では劣化が著しい。そのうちの一つで生まれ育ったというグエン・マイン・チーさん(47)は、基礎部分にひびが入り、屋根が崩れ、階段が反り返ってしまった建物から出ると決めた──。

 チーさんが暮らしていたのは、邸宅内を分割してできた3部屋の住宅だ。昨年、保護の対象となるフランス様式の邸宅約1200棟が発表されたが、この邸宅もそのうちの一つに選ばれていた。

 邸宅のほとんどはベトナムがフランスの植民地だった100年近く前に建てられたもので、経年と湿気で劣化が進んでいる。ここに暮らす5家族も、狭さと騒音と湿気の問題に直面している。

 保護対象ではあるが、こうした邸宅とその住民の先行きは不透明だと専門家は話す。崩れゆく文化財の保護をめぐって国の方針が二転三転する中、住人たちも家を保全するための費用をなかなか捻出できずにいる。

 チーさんは、このローカル色あふれるアールデコ様式の家で生まれた。「子どもの時はきれいな家だったと記憶している」と述べ、「郵便局の鐘の音や、ハノイ駅の列車の音が聞こえ」、ロマンチックだったと振り返った。

 一方、粗悪な環境と今後の見通しが立たない中でも、住んでいる家から離れるのを拒む住民もいる。

「私はずっとここで暮らしてきたので離れたくない。どこにも行きたくない」と話すのは、3階建ての邸宅を他の10世帯と店舗数軒とシェアしているホアン・チュン・トゥイさんだ。

 トゥイさんはぼろぼろの壁を直したいと考えているが、他の住民からの同意と修繕費の提供がなければ進めることはできない。それでも、祖父が建てたというこの建物を離れるという選択肢はないという。

 保護の対象となっている邸宅は、宗主国であるフランスのために働く富裕層向けに、フランス人やベトナム人の建築家によって設計された。現在は、飲食店や衣料品店が入っていることも多い。

 1954年にジュネーブ協定を結び、フランスがハノイを離れると、何千戸のこうした建物は共産主義政権に接収され、公的機関のオフィスに転用された。一方、所有者がベトナム国内に残っている場合は、所有する不動産を分割し、一部を貧困層に譲渡することが求められた。

 チーさんの家があるホアンキエム(Hoan Kiem)地区で会長を務める建築家のファム・トゥアン・ロンさんによると、ハノイ市は植民地時代の邸宅保全プロジェクトに前向きだという。

 ロンさんは「伝統的な材料と修繕技術を用いて、オリジナルのディテールと建築的価値を可能な限り維持したいと思っている」と話した。

 映像は2022年11月に撮影。(c)AFP/Alice PHILIPSON