【7月3日 AFP】科学界を揺るがした1個の素粒子発見の発表から4日で1年。この粒子が発見が難しい「ヒッグス粒子(Higgs boson)」だとする証拠は増えている一方で、研究者らはまだ決着にはほど遠いと話している。

 この素粒子を発見した欧州合同原子核研究所(European Organisation for Nuclear ResearchCERN)の研究チームの一員で物理学者のポーリン・ガニョン(Pauline Gagnon)氏は「われわれが新しい粒子を手にしたこと、そしてこれがボース粒子(boson)であることの確証は得られている。あとは、これがヒッグス粒子であることを確実に証明する必要がある」と話す。

「神の粒子」と呼ばれる、発見が困難なボース粒子は、ビッグバン(Big Bang)後に宇宙が冷える過程で物質に質量を与えた粒子として、1964年に英物理学者のピーター・ヒッグス(Peter Higgs)氏が理論化した。

■3年を経て2012年7月4日に発表

 ヒッグス氏らの理論的研究に導かれて、数百人の科学者が3年間にわたり、CERNの世界最大の粒子加速器「大型ハドロン衝突型加速器(Large Hadron ColliderLHC)」で一心にボース粒子を探した。

 昨年の7月4日、物理学者らは「念願のヒッグス粒子に合致する」基本粒子を発見したと発表し、熱烈な称賛を浴びた。これは1つの画期的な科学的偉業だ。

 ヒッグス粒子の発見は、宇宙を構成する力、粒子、相互作用を説明する素粒子物理学の「標準模型(Standard Model)」理論の大きな欠落部分を埋めるかもしれない。

 理論では、ヒッグス粒子は、他の粒子と相互作用して質量を与える「目に見えない場」として存在する。これがなければ、人間などの宇宙における原子の集合体は存在しないことになる。

■大量のデータ解析でも確証にはいたらず

 標準模型理論では、1種類のヒッグス粒子の存在を前提としているが、ひも理論などのその他の学説では、少なくとも5種類存在するとされている。

 ガニョン氏は「われわれが発見したのは、まさしくそのボース粒子なのか、あるいは他の理論が予測しているいくつかのうちの1つなのだろうか。これまでのところ、すべてが示唆しているのは、これが標準模型理論のボース粒子だということだ」とAFPに語る。「この粒子は、ヒッグス粒子の魅力と見た目とを兼ね備えている」

 物理学者らはこの1年間で、昨年の発表の時点で得られていたデータ量の少なくとも2.5倍の量のデータを解析してきた。彼らによると、昨年発見された粒子は今のところ、ヒッグス粒子が示すとみられている主な特徴のうち少なくとも2つを持っていると思われるという。

■ヒッグス粒子は1種類だけではない?

 理論上、ヒッグス粒子は運動量の指標である「スピン」がゼロで、量子物理学における鏡像の挙動を示す指標の「パリティ」が正となることになっている。大量のデータを解析した結果、CERNは実験で得られたデータが「スピンはゼロでパリティは正」を示していると3月に発表した。

 スウェーデン・ストックホルム(Stockholm)で7月に開催される欧州物理学会(European Physical Society)の会議では、新たな発見の数々が発表されることが期待されているが、昨年発見された粒子の正体についての科学的な確証を得るには、さらに多くのデータが必要とガニョン氏は主張している。

 CERNのATLAS実験プロジェクトの副物理コーディネーターを務めるビル・マーレイ(Bill Murray)氏は「これが標準模型理論のヒッグス粒子だと言い切れるかどうかは確信が持てない」と語る。「これが唯一だとは決して言えない。なぜなら(LHCでは)決して生成できないような信じられないほど重い粒子が存在する可能性は常にあるからだ」

 皮肉なことに、ヒッグス粒子が2種類以上発見されるほうが好ましい者もいる、とガニョン氏は言う。「1種類だけの発見では、標準模型理論が裏付けられることになる」からだ。標準模型理論では、宇宙の構成要素の約5%しか説明できないと同氏は説明した。

■2月から2年間の改良工事 重い粒子の生成目指す

 スイスとフランスの国境にまたがるLHCは、2年間の改良工事を行うため、2月に運用を停止した。この改良によって、さらに大きな規模の衝突実験を行えるようになり、おそらく他の種類のヒッグス粒子と思われる重い粒子を生成できるようになるはずだ。

 だが、LHCでどのような証拠がもたらされても、決定的な証拠にはならないかもしれない。

 科学では「何かが正しいことは決して証明できない。何かが間違っていることを証明できるだけだ」とマーレイ氏は説明する。「われわれは、別の説を1つでも多く排除することしかできない」(c)AFP/Laurent BANGUET