【6月26日 AFP】ロシア・モスクワ(Moscow)を出発した露アエロフロート(Aeroflot)機の窓側座席「17A」は、キューバ・ハバナ(Havana)に到着するまでの丸々12時間、決して現れない乗客を待ちながらぽっかりと空いていた。

 アエロフロートの搭乗記録によれば、この席には、米政府による市民監視プログラムの存在を暴露してスパイ行為などの罪で訴追され、南米のどこかに亡命を求めるとみられている米中央情報局(CIA)元職員、エドワード・スノーデン(Edward Snowden)容疑者(30)が座るはずだった。

 しかしハリウッド(Hollywood)のスパイ映画さながらの意外な展開で、主役はついに現れず、脇役たち──同じ便に乗り込んだAFP特派員を含む数十人の報道陣──は「影」を追ったまま取り残された。ようやく到着した世界の反対側には、スノーデン元職員が一体どこにいるのか知る者は誰もいなかった。

 露国営ラジオ「ロシアの声(Voice of Russia)」のオルガ・デニソワ(Olga Denisova)記者は「私たち全員が壮大なスパイ小説に巻き込まれているよう。この2日間、私たちの誰も彼(スノーデン元職員)を見ていないということは、彼が手厚い支援を受けているということでしょう」

 AFPが確認したアエロフロートの記録によると、23日に香港(Hong Kong)からモスクワに到着したスノーデン元職員と、同職員に法的支援を行っている内部告発サイト「ウィキリークス(WikiLeaks)」の活動家サラ・ハリソン(Sarah Harrison)氏は翌24日、ハバナ行きのアエロフロートのSU150便にそれぞれ座席番号「17A」と「17C」でチェックインを済ませた。しかし搭乗最終案内の後も2人は現れなかった。

■2000ドルの往復航空券が無駄に

 エアバス(Airbus)330型機の重い扉が固く閉まった瞬間、スノーデン元職員と同じ便に乗るために先を争って往復2000ドル(約19万5000円)の航空券を買った数十人の報道陣は、キューバへの12時間の旅が元職員抜きとなることを悟った。搭乗時の保安検査は多少厳しかったものの、他の乗客たちは目の前で展開されているスパイドラマには気付いていないようだった。

 あきらめきれない記者たちは、元職員が別の入り口を通って駐機場から直接乗り込んでいるのではないかと推測したり、操縦席に隠れているのではないかと怪しんだりした。離陸は約30分遅れていた。上空でようやく記者たちは、元職員はそもそも搭乗する気などなかったのではないかと思い始めた。

 客室乗務員のエレナさんはビジネスクラスの乗客にシャンパンを振る舞いながら、「もしも(スノーデン元職員が)搭乗していたら、よほど間抜けだと思います。みなさんもご覧のように、この大騒ぎですから」と言う。「私だって同じようにすると思います」

 乗客がいなくても、2つの空席には好奇の目が注がれた。空席を撮影するカメラの音がときどき聞こえた。最初の騒ぎはどこへやら、ハバナへ到着するグリニッジ標準時の24日午後11時(日本時間25日午前8時)には、ただのありふれた長距離フライトのように思えた。

 スノーデン元職員が23日に香港からモスクワへ到着してからの足取りは謎に包まれている。南米へ渡る乗り継ぎ客として最も考えられるのは、空港のホテルで一夜を過ごしたことだが、ホテル関係者は元職員が滞在したことを確認していない。元職員が自ら旅程を変更したのか、それともロシアの特別機関などが関与している可能性があるのかはいまだ不明だ。(c)AFP/Anna SMOLCHENKO