【7月15日 AFP】のどが痛くなった、ミルクセーキを作った、交通渋滞につかまった――。今年1月に就任した米国の駐タイ大使は、そんな些細な日常をマイクロブログ「ツイッター(Twitter)」につぶやき続ける。その姿は、伝統的な外交官の慣行からはほど遠い。

「だって、誰か他にも、のどの痛みを感じてる人がいるかもしれないでしょう」

 独自の外交術を駆使するクリスティー・ケニー(Kristie Kenney)駐タイ米大使(56)は、AFPの取材にそう説明した。

■外交は一対一から

 ケニー大使にとって、象牙の塔に暮らす堅苦しい外交官の時代はすでに終わった。「外交とは関係の構築だ」と彼女は語る。2国間の関係であるのはもちろん、一対一の人間関係でもある、と。

 米SNSフェースブック(Facebook)やツイッターなどのソーシャルメディアは、かつて存在しなかった「つながり」を生み出した。そんな中、バンコク(Bangkok)に赴任したケニー大使は、拍子抜けするほどフレンドリーにタイの人々と触れ合っている。ツイッターのフォロワー数は2万人近い。

「わたしにとって(ツイッターは)人々とつながり、人々をつなげる手段なんです。市民たちは、大使とだって話せるんだと感じることができるでしょう。大使というのは、ただ巨大な建物の中に潜んでいるだけの存在ではないんです」

■国策ではなく、あくまでプライベート

 前任の米大使たちがタイで築いてきた「関係」は、全く違うものだった。2010年末、内部告発サイト「ウィキリークス(WikiLeaks)」が公開したエリック・ジョン(Eric John)元駐タイ米大使の外交公電は、タイでは最大のタブーの1つとされる王室について赤裸々にコメント。冷戦時代以来の同盟国であるタイと米国の関係は、ぎくしゃくした。

 ケニー大使の斬新なアプローチは、タイでの米国のイメージ向上に貢献するだろうか?

「戦略として考えたことは1度もありません」とケニー大使。ツイッターへの投稿は個人的なもので、米国務省の思惑とは無関係だという。ただ、彼女の「飾らない」性格が駐タイ大使にふさわしいと思った人々が米政府内にいたかもしれない点は認めた。

■多方面で活躍の大使

 ケニー大使の外交努力は、インターネットの世界を飛び出してタイ文化と深く交わるまでに至っている。7月初めには、タイ語学習で目覚ましい上達をした外国人2人のうちの1人として、タイ文化省から表彰された。

 また、ケニー大使といえば、タイ各紙の紙面を飾ったスカイダイビングの写真が有名だ。ぱりっとした白いウェアで田んぼの上を落下するケニー大使は、満面の笑みを浮かべている。

「いつも写真のことを言われます。たいていの場合、『すごいね、写真見たよ。どうだった?』と聞かれるんですが、私は『恐ろしかったわよ、もう2度とやりたくない冒険ね』って答えています」

■率直な対話、国民やメディアに大人気

 ケニー大使の行動に眉をひそめる外交関係者もバンコクには少なくない。憤慨している人もいる。「まるで不思議の国のアリスだ」と、ある外交官は批評した。「はっきり言えば、あのパラシュートの1件以来、今度は何をやらかすんだろうとささやかれているよ」

 とはいえ、文化的外交とSNSという「ソフトパワー」を活用したケニー大使の外交術は、決して孤立しているわけではない。先日も、ケニー大使が友人のアシフ・アフマド(Asif Ahmad)駐タイ英大使と朝食を共にする前に、コーヒーを入れているところだとツイートすると、アフマド大使はすぐに「こっちの方まで香りが届いてくるようだよ」とツイッターで返答した。

 形式張らないやり方が、機密情報保持や大使としての演説、米政府への情報提供といった重要な外交業務に悪影響が出るとの批判もあるが、ケニー大使はそんなことはないと否定する。

「おはよう、ツイートハート!(tweethearts、スイートハートにツイートをかけた造語)」という呼びかけで毎日が始まるケニー大使の外交生活を、タイ政府がどう受け止めているかは分からない。だが、ケニー大使はタイ国民とメディアには大人気だ。英字紙ネーション(Nation)の記者は、「他の外交官がフレンドリーじゃないとは言わない。ただ、新しい駐タイ米大使が、外交官とは思えないくらい愛想が良く楽しい人だというだけだ」と称賛した。

 では、SNSは外交における「特効薬」となり得るだろうか?

「たった140文字しかない、とても浅薄なものです。でも、ツイッターを通じて、人々の米国に対する気持ちをちょっと好転させることはできると思っています」と、ケニー大使は答えた。(c)AFP/Didier Lauras