【5月8日 AFP】1996年にペルーで起きた日本大使公邸人質事件が、事件から10年以上を経て、同国でテレビドラマシリーズや映画になった。

 給仕人のふりをした武装勢力が、公邸で開かれていた祝宴会を襲撃し、人々を人質にとったこの事件は、ぬぐい去ることのできない恐怖を残した。

 1996年12月17日の夜、トゥパク・アマル革命運動(Tupac Amaru Revolutionary MovementMRTA)のメンバー14人が祝宴会に侵入し、ペルー外相のほか、外交官、政府や軍の高官、実業家数百人を人質にとった。この事件は「大使館の危機」と呼ばれることが多いが、実際の現場は日本大使公邸だ。

 人質の多くはすぐに解放されたが、72人は約4か月間拘束された。1997年4月22日、当時のアルベルト・フジモリ(Alberto Fujimori)ペルー大統領の指示を受けて軍特殊部隊が公邸に突入。人質1人、兵士2人、武装勢力全員が死亡し、人質事件は終結した。

■人質事件がテレビドラマ、映画に

 25回シリーズのテレビドラマ『レスキュー・オペレーション(原題、Rescue Operation、救出作戦)』の放映が民間放送局パナメリカナ(Panamericana)で3日始まった。また、低予算映画『ホステージズ(原題、Hostages、人質)』もペルー国内で公開された。

『レスキュー・オペレーション』や『ホステージズ』はペルー大統領選挙を1年前に控えて放映、公開されたが、関係者らは両作品に政治的動機はないと話す。

■関係者たちの「人間ドラマ」、フジモリ大統領は登場せず

『レスキュー・オペレーション』のハイメ・カルバハル(Jaime Carbajal)プロデューサーは「このような事件の再発を避けようというのが番組の目的です。人質や特殊部隊員、事件を報道するジャーナリストたちの人間ドラマが展開します」と話す。

「兵士たちの非の打ち所のない働きぶりも浮き彫りにします。世界に認められた完ぺきな作戦を遂行したからです」(カルバハル氏)

 特殊部隊が大使公邸に突入したとき、ペルー国民は突入を大成功だったと考え、フジモリ大統領も当初、人質の命を救ったとして高く評価された。

 しかしフジモリ元大統領はドラマに描かれていない。大統領の側近だったブラディミロ・モンテシノス(Vladimiro Montesinos)元国家情報部(SIN)顧問もだ。フジモリ大統領は前年、人権侵害の罪で25年の禁固刑判決を受け、モンテシノス元国家情報部(SIN)顧問も汚職のネットワークを組織した罪で服役中だ。

 カルバハル氏はフジモリ氏の支持勢力と批判勢力双方から批判を受けたというが、「(フジモリ、モンテシノス)両者ともドラマに登場しません。まさに軍による作戦だったからです」と話す。

■映画はフジモリ政権に批判的、未解明の出来事にも踏み込む
 
 一方、『ホステジーズ』のブルーノ・オルティス・レオン(Bruno Ortiz Leon)監督も、登場人物を公正に描くことを心がけたと述べるが、映画の登場人物はフジモリ氏を人質事件などの危機を招いたと非難し、作品はフジモリ政権下のペルー社会を批判的にとらえている。

 映画は、公邸内で起きた銃撃戦のあとに、特殊部隊の兵士が数人の武装勢力を殺害したという、解明されることのなかった説にも考察を加えている。

「われわれはどちらの側にも立ちません。暴力のたぐいは支持しないし、政治的偏向もありません」とオルティス氏は話す。

「真実を伝えたいのです。その真実がそれを認める人たちを傷つけるとしても」(オルティス氏)

(c)AFP/Reynaldo Munoz