【8月19日 AFP】18日に85歳で亡くなった韓国の金大中(キム・デジュン、Kim Dae-Jung)元大統領は、長らく同国の民主化運動を主導したことで知られ、暗殺未遂や死刑宣告などを受けながらも韓国大統領に就任した。大統領在任中(1998-2003年)の2000年、初の南北首脳会談を実現させ、同年にノーベル平和賞を受賞した。

 金氏は7月13日から肺炎と合併症で入院していた。

 韓国の李明博(イ・ミョンバク、Lee Myung-Bak)大統領は声明を発表し、「われわれは偉大な政治指導者を失った」と語った。韓国政府は、首都ソウル(Seoul)を始め全国各地で弔問を受け付ける意向を示している。

 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル、Kim Jong-Il)総書記も国営朝鮮中央通信(Korean Central News AgencyKCNA)を通じ、「残念ながら金氏は亡くなってしまったが、民族和解を達成し、祖国統一実現のために果たした功績を、民族はずっと忘れないだろう」とのメッセージを発表している。

■生命の危険も乗り越え大統領に

 朴正熙(パク・チョンヒ、Park Chung-Hee)政権下の1973年、金氏は韓国情報機関によって東京のホテルから拉致された。ボートから海に投げ入れられ殺害される寸前、米国と日本の素早い介入のおかげで、あやうく難を逃れた。

 1980年5月には、当時の全斗煥(チョン・ドゥファン、Chun Doo-Hwan)軍事政権下で、内乱陰謀罪で投獄され、死刑判決を受ける。しかしその後、米国の強い圧力により、刑の執行が停止された。

 1997年、4回目の挑戦で韓国大統領に当選し、翌2月に就任。この当時の韓国は、アジア経済危機の影響で経済状態が危機的な状況で、国際通貨基金(International Monetary FundIMF)から570億ドル(約5兆4000億円)の融資を受けていた。

 かつて反対勢力から共産主義者との批判を受けたこともある金氏は、国際金融機関と協力して韓国経済を立て直し、大規模な改革や企業の再建を行ったことで称賛を浴びた。

 金氏の北朝鮮に対する「太陽政策」はその後の核開発を止めることはできなかったものの、金氏は一貫して北朝鮮との和解を進めた。金氏は大統領としての最後のスピーチで、「この政策は、民族の悲劇を終わらせ、祖国統一を実現するためにの最も良い方法だ」と強調した。(c)AFP