【11月24日 AFP】ローマ帝国時代のユダヤ王で、国内の男児全員を殺すよう命じたとされるヘロデ王(Herod the Great)の広大な宮殿遺跡から、王が演劇好きだったことをうかがわせる小型の円形劇場が発見された。

 遺跡はエルサレム(Jerusalem)南郊にある宮殿遺跡ヘロディウム(Herodium)で、贅沢に装飾された貴賓室が付いた小さな劇場が見つかった。保存状態が良好だった壁画は、今回発見される以前ではイタリアのローマ(Rome)とポンペイ(Pompeii)でしか目にされたことのないデザインだった。

■将軍訪問にあわせた建設か

 30年にわたりこの遺跡を発掘するエルサレム・ヘブライ大学(Hebrew University of Jerusalem)のエフド・ネツェル(Ehud Netzer)教授が率いる発掘チームは、ヘロデ王がイタリアから職人を招き、当時のローマ領最大の宮殿だったこのヘロディウムを洗練された景観に仕上げたのだろうと考えている。「この劇場を建築したのは、紀元前15年に(ローマの)アグリッパ(Marcus Agrippa)将軍がこの地を訪れたことと関係があると考えるのが妥当に思える」とネツェル氏は発表記者会見で語った。

 壁画では、現時点で完全に発掘されたのは1点のみで、丘陵を駈けるシカと吠える犬、祭壇の横に立つ半神などが描かれている。野外の景色を見ているような錯覚を与えるように、窓に描かれる絵として知られる種類のものだ。

■壁画から厳密に特定できる年代

 この発掘に13年間携わる測量士のRachel Chachy-Laureys氏によると、この絵の様式から、紀元前15-10年ごろに750席程度の劇場設備のために描かれたことが厳密に特定できると言う。また、この時代のパレスチナにおける唯一の造形芸術の例だという。「ヘロデ王政権の前、ハスモン(Hasmon)朝時代から壁画はあるが、像が描き込まれているものはなかった」(Chachy-Laureys氏)

 同チームは2007年5月に、ベツレヘム(Bethlehem)南東にある遺跡内の巨大な丘状部分の斜面から霊廟を発掘、なかからは棺3基が見つかった。現在、このうちの1基がヘロデ王のものであるとチームでは確信している。霊廟自体は二階建て構造で繊細な装飾が施され、円錐形の屋根を持つヘレニズム様式だったが、発見時の棺は粉々に砕かれていた。「紀元68年のユダヤ人の大反乱のときに、故意に破壊された」とみて間違いないとされる。

 新約聖書中の「マタイによる福音書(Gospel of Matthew)」には、ヘロデ王はキリスト(Jesus Christ)の生誕を知りユダヤ王の座を奪われることを恐れ、2歳以下の男児全員を殺す命令を出したと記されているが、歴史家の多くはこの説を疑問視している。それでも、10人の妻の1人と自分の子ども2人の殺害など、多くの残虐行為は真実である可能性が高い。(c)AFP/Steve Kirby