【7月30日 AFP】1人の客に2人のシェフ、厳しい衛生管理、軍隊のような階級と規律。映画『レミーのおいしいレストラン(Ratatouille)』に出てくるようなパリの最高級レストランのキッチンにはこんな光景が広がる。

 一番安い部屋でも一泊615ユーロ(約10万円)、スイートルームになると一泊で8000ユーロ(約130万円)もするセーヌ(Seine)川のほとりのクリヨン(Crillon)ホテル 。その中にあるレストラン「レ・ザンバサドゥール(Les Ambassadeurs)」では、シェフのジャン=フランソワ・ピエージュ(Jean-Francois Piege)氏が、72人からなる料理人の“部隊”を仕切り、大皿料理を次から次へと手早く仕上げていく。

 また、パリのチュイルリー(Tuileries)公園に面していてクリヨンと同じくらい格式ある高級ホテル、ル・ムーリス(Le Meurice)のレストラン「ル・ムーリス」ではシェフのヤニック・アレノ(Yannick Alleno)氏の下に74人の料理人の“部隊”がおり、さらに20人の皿洗い部隊と12人のパティシエ(デザート)部隊が脇を固める。

 両レストランとも料理を提供できる客は毎食35人から40人に限られており、料金は1人につき少なくとも200~300ユーロ(約3万2000円~4万8000円)。たかい評判、食事の素晴らしさ、目新しさはそのまま値段に反映される。

 7月、AFPの取材陣が訪れた際には、500万ユーロ(約8億円)をかけて最近改装されたクリヨンのレストランのキッチンで、見習い料理人たちがディナー時に備え床を忙しく磨いていた。

 人間工学的に作られたオーブンや作業台が並ぶ「ル・ムーリス」のキッチンは貯蔵室と隔離されており、その貯蔵室も魚、肉、野菜ごとにきちんと分けられている。バクテリアをもつイモ類はそれとはまた別に保管されている念の入れようだ。

 「きれいな食べ物と汚れた食べ物を、決して一緒にしてはならないのです」

 2004年にクリヨンのキッチンを引きつぎ1年もたたぬうちに、「ミシュランガイド(Michelin Guide)」で2つめの星を獲得したピエージュ氏はこう語る。

 一方、フレンチのシェフなら誰もが夢見る、「ミシュランガイド」の3つ星を獲得した「ル・ムーリス」のアレノ氏は、野菜の皮むきでさえも、専用部屋で行うと言う。

 「すべて手を使ってむきます」

 「我々は規則を厳守し、厳しい衛生管理を行っています」

 キッチンにネズミがいることなどありえない。映画『レミーのおいしいレストラン』で描かれるように、料理を皿に盛りつけるというのはとても神聖な儀式だ。
 
 「とても軍隊的なスタイル。我々が“部隊”と呼ばれる理由です」。こう語るピエージュ氏は、アレノ氏と同様、キッチン内にガラスでしきられた「オフィス」から作業を指揮し、皿がテーブルへと運ばれる前に最後の仕上げをする作業台から大声で指示をだす。

 料理人とキッチンは、各人が各パートを演奏する交響楽団に似ているとアレノ氏は語る。

 「私は時を刻んでいる。オーケストラと同じようにね」

 フランス料理の決まりでは、コックは前菜、魚料理、ソース、肉料理などの部門に分けられる。各部門をそれぞれの部門長が仕切り、その下に副部門長、コック見習い、そして見習いが続く。

 コックは帽子をかぶり、白衣をまとい、5本の薄い包丁を手に準備を整える。

 ピエージュ氏の店ではスタッフは首にハンカチを巻かなくてはならない。スタッフを仕切るピエージュ氏は、サッと取り出したナイフの切れ味の良さを示すために腕の毛を剃って見せた。

 ピエージュ氏は、スタッフがキッチン内で言葉を交わすことすら嫌う。キッチンには柱がなく、スープを置くオーブン越しにアイコンタクトで意志の疎通ができるよう、棚はすべて頭上に設置してある。

 「話している時間はありません。声を出しても良いのは私と私のアシスタントだけ。他のスタッフは常に私たちの指示が聞こえるようにしておかなければなりません」

 「コックは状況を把握し、お互いを理解し、他のスタッフが行っていることを見る必要があるのです」

 注文が入り次第なるべく早く料理を出すために、作業台は料理人が集中できる黒色に塗られ、料理に影できないよう明かりは真上に設置されている。

 アレノ氏のスタッフは語る。

 「あらゆる音がする中での作業はものすごい緊張感をともないますから、みんなとても集中しています」

 またアレノ氏はスタッフにできるだけ料理を味わう機会を作ってほしいという。

 「三つ星を売り物にするのであれば、高い質を維持するために、味覚を完璧にしておかなければならないのです」

 毎年更新される80種類のレシピを忠実に再現するためには、正しい味覚を持つことが必要不可欠だという。最近では、スタッフが「鶏卵黄のキャビア添えと青リンゴゼリー」(146ユーロ、約2万3000円)の正確な味を出すのに2週間かかったと話してくれた。

 「卵黄を67度のお湯で1時間5分ゆでなければならないと、やっとわかったのです」

 ピエージュ氏も卵で面白い料理を作り上げた。「“から無し”ゆで卵のシャントレル茸、アーモンド、伊勢エビ添え」(80ユーロ、約1万3000円)だ。

 そんなピエージュ氏も、近頃ではレシピを作る作業が複雑になったと語る。

 「昔は、レシピは覚え込むものでした。今では、高い技術を総動員してレシピを『再現』しなければならないのです」(c)AFP/Claire Rosemberg