【モスクワ/ロシア 31日 AFP】凍った水の中での寒中水泳はカナダから中国まで世界各地で人気のウィンタースポーツ。厳寒の地ロシアでは100万人から200万人が「アザラシ」のように寒中水泳を楽しんでいるといわれる。

 凍り付いたモスクワ川で寒中水泳愛好家クラブのメンバー数人が、川の一角の氷を切り取り、水泳を楽しんでいた。吐く息から湯気が立つ寒さの中、ロシア・ウィンタースイミング協会(Russian Winter Swimming Federation)のVladimir Grebyonkin会長が、何も羽織らないスイミング・パンツ姿で、陽気にプールの脇から水泳を指導する。「左、右、左、右。そうしたら頭まで潜って、1回、2回、3回、はい、出て!」。元空挺部隊の兵士だった会長の声が響く。AFPの記者も参加するよう誘われた。

 厳寒状態に置かれると人間はまず、痛みを感じる。それから順に、しびれ、熱さを感じた後、目と耳がまひする。最後に方向や時間、自分の体重などに対する感覚がなくなり、もうろうとした恍惚状態を感じるという。

 この体験ができたら、「アザラシ(ロシア語でmorzhy)」と呼ばれる寒中水泳愛好者の仲間入りだ。ロシアでは前週末、待望の冬の訪れを祝い多くの愛好者が凍った川、池、湖に飛び込んだ。

 日常的に寒中水泳をするロシア人は「まさしく生き方そのもの」だと言う。さらにロシア正教では宗教的な行為として1月6日の祝祭日「公現祭(Epiphany)」に氷水に飛び込む風習もある。

 「スラブ人はずっとこういう風に生きてきたんだ。雪の中を転がったり、修道院で公現祭を祝ったりね」と、Grebyonkin氏は言う。「私たちの祖先は寒さと戦った。それは我々の遺伝子なんだ」。モスクワだけでも川や池、運河地域を中心に約50の寒中水泳クラブが点在する。常軌を逸した行為だという意見もあるが、氷の中での水泳にはそれなりの順序と効果があると言う。

 Grebyonkin氏によると、超低温によって四肢から心臓やその他の内蔵に急速に血液が流れ、瞬間的に血液の浄化が起こる。「胸部内部の温度が約40度に上昇する。15秒から20秒と非常に短い間だが、ウイルスや病原菌を殺菌するには十分です」。

 さらに急激な温度変化によるある種のショック状態で、快感物質アドレナリンとエンドルフィンが脳内で放出される。「氷水から出る時は、ナチュラル・ハイの状態ね」と愛好者のひとりLiliya Bezrukovaさんは言う。

 またクラブのメンバーたちは口々に週に1回から3回の寒中水泳がさまざまな病気に効くと語る。ある女性は妊娠できないと医師に宣言された後にクラブに参加し、3年後に双子を出産したという。またGrebyonkin会長自身は現役兵士だった28歳のころ、健康に問題を抱えて一度退役したが、寒中水泳を始めて回復した後、大佐まで昇進したという。77歳の元医師Klavdia Demichevaさんは、「近所の人が治るのに3週間かかるインフルエンザでも、自分は4日か5日で治ってしまう」と語った。

 アルコール依存症や栄養失調、暴力などが蔓延しているロシアでは人口1億4200万人のうち毎年70万人が減少する傾向にあるが、「アザラシ」組の健康さは際立つと自慢する。

 しかし、誰もが寒中水泳を「奇跡」と考えているわけではない。医師らは「氷の中での水泳は危険」と警告する。専門家によると、摂氏2度から4度の水温では人間は30分で死に至る可能性がある。

 神経科医のNadezhda Sheyina氏は「みなさんが言うほど良いことではない。良い効果よりも悪い影響のほうが大きい」と言う。同医師によると、超低温によるショックにより、通常範囲の低温状態に耐える能力を失ってしまう人もいる。「周りの人がTシャツ姿で平気でいる時に、コートを着込まなければ耐えられなくなってしまうのです」。また、心臓発作やアドレナリン中毒、特に副腎の酷使よる機能不全、性的不全といった危険がある。

 しかし「アザラシ」たちは、自分たちのことを世界で一番幸せな人々だと思っている。Demichevaさんは大きな老眼鏡の奥で目を輝かせる。「私は77歳だけど、心の中ではいつも26歳のままです」。

 写真は27日、氷水の中へ入っていく男性。(c)AFP/MAXIM MARMUR