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ミュンヘンの悲劇から50年が経過し追悼式が行われる

  • 2008年02月07日 13:33 発信地:マンチェスター/英国
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オールドトラフォードの東側スタンドに飾られた1958年当時の選手たちの写真とチームソングの歌詞。(c)AFP/PAUL ELLIS

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【2月7日 AFP】イングランド・プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッド(Manchester United)の選手とスタッフを乗せたチャーター機がドイツのミュンヘン(Munich)の空港で事故を起こし、選手8人を含む23人の命が失われた「ミュンヘンの悲劇」から50年が経過した現地6日、マンチェスター・ユナイテッドは本拠地オールド・トラフォード(Old Trafford)で追悼式を行った。また、事故が発生したミュンヘンの空港でもささやかな追悼ミサが行われた。

■事故の生存者や現役選手、サポーターらが犠牲者を追悼

 追悼式では若い選手たちの命が奪われた悲劇の時刻と同じ午後3時4分に1分間の黙祷が捧げられ、チームで主将を務めるギャリー・ネビル(Gary Neville)、ライアン・ギグス(Ryan Giggs)ら現役選手や、事故の生存者であるボビー・チャールトン(Bobby Charlton)ら当時の選手たちが見守る中、事故で犠牲になった全員の名が刻まれたホルダーに立てられたキャンドルに火が点された。

 またスタジアムの外には、数百人のファンが当時の監督、故マット・バズビー(Matt Busby)氏が率いたチームへ1分間の黙祷を捧げるために集まった。集まった人々は献花を行い、故人を偲びチームソングを合唱した。

■帰国途中のマンチェスター・ユナイテッドを襲った航空事故

 事故は、欧州チャンピオンズカップ(現欧州チャンピオンズリーグ)に出場していたマンチェスター・ユナイテッドが、アウェーでユーゴスラビア(現セルビア)のレッドスター・ベオグラード(Red Star Belgrade)と対戦後、英国へ帰国する途中に起きた。

 マンチェスター・ユナイテッドがチャーターした英ブリティッシュ・エアウェイズ(British Airways)は、英国に向かう途中、給油のため当時吹雪に襲われていたドイツのミュンヘン空港に立ち寄り、そこで離陸に失敗した。

 事故で肺を損傷しながらも、1966年W杯イングランド大会で優勝を果たしているボビー・チャールトン氏は、多くのチームメイトを失った喪失感に苛まれながらも、「ミュンヘンで起きた出来事を心から取り除こうとしたことは一度も無かった。ミュンヘンで起きたことはあまりにも大きく、衝撃的だった」と語った。

 チャールトン氏は先日、アレックス・ファーガソン(Alex Ferguson)監督から招待を受け、クリスティアーノ・ロナウド(Cristiano Ronaldo)らクラブの若手選手に事故の話を聞かせている。

■シティとのダービーマッチでは1950年代当時のユニフォームを着用

 マンチェスター・ユナイテッドは同日、スタジアムの南側トンネルに1958年時のチームの記念品などを無料で見れるように常時展示し、そのトンネルを「ミュンヘントンネル」と改名したことを発表した。

 また夜に行われたイングランド代表対スイス代表との親善試合では、試合前に1分間の黙祷が捧げられた。

 更に9日に行われるマンチェスター・シティ(Manchester City)とのダービーマッチでは、マンチェスター・ユナイテッドは黒の腕章に加え、スポンサー名を外した1950年代当時の1番から11番までのユニフォームを1試合限定で着用し、マンチェスター・シティも特別なユニフォームを着て試合に臨むことを明らかにしている。

 事故から生還した故マット・バズビー(Matt Busby)氏は、その後崩壊したチームを再建し、現代サッカーの基礎を築いた。当時のチームは黄金期を迎えており、解説者の中にはクラブ史上最高のチームへと進んでいたと当時を語る人もいる。(c)AFP/Paul Ellis

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