【10月30日 AFP】遺伝子だけではなく文化も、人間の進化に関与している可能性がある――。個人志向の社会と集団志向の社会の遺伝子と文化を比較した論文が、28日の英学術専門誌「英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)」に発表された。

 米ノースウエスタン大(Northwestern University)などの研究チームは、自然科学と社会科学の垣根を越えたたぐいまれな試みとして、世界29か国の調査データを基に遺伝子と文化の相互作用を調べた。

 その結果、集団志向型として認識されている国々では、国民の大半で、セロトニンの運搬を制御する遺伝子において特異的な変異が見られた。セロトニンは、気分に深く影響することが知られている神経化学物質だ。

 例えば中国やその他の東アジア諸国では、国民の最大80%が、「5-HTTLPR」と呼ばれる遺伝子の「短い」対立遺伝子(S対立遺伝子)を持っていることがわかった。

 以前の研究では、このS対立遺伝子が不安やうつなど、さまざまな否定的情動に強く関連していることが示されている。一方で、S対立遺伝子は危険から逃れたいという衝動とも結びついている。

 これとは反対に、欧州など自己表現が大切にされて集団よりも個人に重点が置かれているような国々では、「長い」対立遺伝子(L対立遺伝子)を持っている人は全体の60%と、S対立遺伝子の場合の40%を大きく上回っている。

■遺伝子と文化の強い相関性

 研究は、なぜこのような相違が生まれるのかを、新たな視点で説明している。文化と遺伝子は長い年月の間に相互作用し合い、これが自然淘汰を生んで、個人とその社会が生き延び繁栄していくのを助けた可能性があるというのだ。

 アジア、アフリカ、中南米における古代の文化は、致死性の病原菌に高い頻度で接していたと推測され、こうした病気により良く対処するために集団主義的な規範へと向かっていく傾向があったのではないかという。

 そして、こうした社会的変容は、リスクを回避するS対立遺伝子が徐々に支配的になっていく下地になった可能性がある。

 研究を主導したノースウエスタン大のジョアン・チャオ(Joan Chiao)教授は、進化が少なくとも2段階で行われることを次のように説明する。「1つは生物学的なもの。そしてもう1つ、選択された遺伝子に応じて文化特性を獲得する段階というものが存在する可能性がある。文化的な選択と遺伝子的な選択は相前後して起こるため、人の行動は文化と遺伝子の共同進化の所産だと考えることができる」

 研究はまた、集団志向の文化は、S対立遺伝子による「うつ」の遺伝子的リスクから身を守るのに役立っている可能性があると指摘している。

 弱い個人にとって、集団的なサポートはうつ病エピソードを引き起こす環境リスクやストレス要因に対する緩衝材となってくれる。欧米で、L対立遺伝子を持っているにもかかわらず不安神経症や気分障害の人が多いのは、高度に個人主義的な文化の中で生活しているストレスが原因と考えられるという。

「自然淘汰はこれまで、さまざまな集団や種に普遍的にみられる特性を説明する根拠として扱われてきた。個人レベルと生態系レベルの双方で自然淘汰がどのように起きているか理解するうえで、集団や種の多様性が重要なカギを握っている」(チャオ教授)(c)AFP/Marlowe Hood