【7月22日 AFP】その製品は、クレジットカードの大きさの回路基板が1つだけ、スクリーンやキーボードなどは付属しない──IT市場を支配する、つるつるのタブレット端末とは似ても似つかないものだ。

 だが、25ドル(約2500円)で買えるこの世界一低価格なコンピューターは、過去1年半で150万台を販売、製作した英メーカーを驚かせている。

 今や、「ラズベリーパイ(Raspberry Pi)」は日本のロボットを動かし、アフリカのマラウイの自動ドアを駆動させ、米国では天体の撮影に使われ、中国では検閲をすり抜けるのに役立てられている。

「1000台ほどの売り上げを予測していたが、150万台近く売れている」と、ラズベリーパイ財団(Raspberry Pi Foundation)のエベン・アプトン(Eben Upton)理事は語った。

 オープンソースOS(基本ソフト)のリナックス(Linux)で動作する。子どもたちのプログラミングの教材に使うために設計されたが、そのカスタマイズや改造の無限の可能性に世界中の愛好家や発明家たちが飛びついた。

 日本の石渡昌太(Shota Ishiwatari)氏は、ラズベリーパイで動作する小型の人型ロボットを開発した。ラズベリーパイの具体的な遊び方を提示したかったという。

■子どもたちに「手作業」のプログラミングを

 英ケンブリッジ大学(University of Cambridge)でコンピューター科学を教えていたアプトン氏らは、当初、プログラミングの教材に適した低価格のコンピューターの開発を目指していた。

 アプトン氏らは、1980年代に育ったコンピューター愛好家たちにとって当たり前だったプログラミング経験が、インターネット世代の子どもたちに欠けていることに気付いたという。「彼らにはハッキングの経験がなかった。コンピューター科学の理論は数学だが、実践は大工仕事のように手作業なんだ」

 アプトン氏が子どものころは、「コンピューター言語」を知らなければコンピューターを操作することが出来なかった。しかし現代のコンピューターはあまりに複雑化しているため、子どもがコンピューターのコードを操作することを親が禁止するほどだ。

 アプトン氏らは、子ども時代に遊んだBBC Microのようなパソコンを今なら低価格で、ポケットサイズにして高性能化して製造できると考えた。2012年ごろには、ラズベリーパイの立ち上げの準備は終わった。

 この機器は大きな注目を集め、販売元のウェブサイトがダウンしたほどだった。

■ユーザーグループ「ラズベリージャム」

 ラズベリーパイのユーザーグループ「ラズベリージャム(Raspberry Jams)」は毎月、英国のマンチェスター(Manchester)からシンガポールまでの各地で集まり、アイデアの交換を行っている。

 ユーザーグループからは、アフリカに生息する絶滅危惧種を撮影するためのラズベリーパイを使ったカメラのプロジェクトが立ち上がった。ロンドン動物学会(Zoological Society of London)が支援するインスタントワイルド(Instant Wild)プロジェクトで使われている高価な専用機器を、ラズベリーパイで置き換えるというものだ。

 インスタントワイルドは、撮影画像をクラウドソーシングのアプリに送信し、不特定多数の力で動物を識別するプロジェクト。すでに数か国で始まっているが、低価格なラズベリーパイを導入することで、さらに活動の幅を広げることができそうだ。2015年にはケニアに100台のラズベリーパイ・カメラが設置される計画。また、南極でペンギンの生態観察に活用される予定もあるという。

 一方、ラズベリーパイ財団は新たなIT教育のカリキュラムに向けて英政府と協議を進めている。専門家の助けがなくても子どもたちがラズベリーパイを操作できるようなソフトウエアを開発中だという。

 アプトン氏は、草創期のコンピューターを開発した国として、プログラミング教育は英国の威信がかかった問題だと語る。「コンピューターを使う、ということがパワーポイント(PowerPoint)のことではなく、プログラミングを意味するように定義を変えて行かなければならない。プログラミングこそが役立つもので、本物なのだ」(c)AFP/Judith EVANS