【6月1日 東方新報】中国ではこの3年間、博物館のデジタル化が加速している。2022年には、中国全土で新たに382館の博物館が新設され、計6565館になった。オンライン展示が1万件近くになったほか、SNSなどを通じて100億以上のアクセスがあったという。IT立国を目指し、歴史や遺跡のコンテンツにも事欠かない中国。北京の故宮博物院を筆頭に仮想現実(VR)などを駆使した博物館のデジタル展示は急速に広がっている。

 最近、博物館関係者の話題になっているのは「砂漠の大画廊」と呼ばれる敦煌市(Dunhuang)のデジタル展示だ。敦煌とは、西域のシルクロードへの入り口に位置する甘粛省(Gansu)のオアシス都市。早くから仏教が伝わり、砂漠の崖に仏像や経典や仏画を保存するための石窟が彫られてきた。現在も大小492の石窟に色鮮やかな壁画などが保存されている。

 1000年以上前に描かれた壁画の風化は速い。中国政府の研究機関である敦煌研究院は1990年代からデジタル化に取り組んできたが、近年の3D(立体)技術の進化によって飛躍的に効率や精度が上がったといわれる。

 現在、公式サイト上でカーソルを動かして、石窟のページに入ると、薄暗かった窟内の壁画が仮想の太陽光に照らし出される光景が見られる。今年4月にはゲームで敦煌が学べるアプリも公開された。このアプリは5月15日までに約700万人がアクセスする人気コンテンツになっている。

 かつて日本で中国の歴史ものと言えば、「三国志」や「水滸伝」だった。ロマンあふれる敦煌の仏教美術を日本に広く紹介したのは、井上靖(Yasushi Inoue)氏の小説「敦煌」(1959年出版)だろう。

 小説の主人公は北宋の官吏登用試験「科挙」の受験生である趙行徳(Zhao Xingde)。科挙の最終試験を受けるために首都・開封(Kaifeng)にやってきたが、大切な殿試の最中に居眠りをしてしまう。絶望のあまり開封の町をさまよっていると、1人の女性が「肉」として売られていた。

 この女性が殺されるのを見かねた行徳は、手持ちの現金で女性を買い取る。命拾いした女性は一枚の布切れを渡す。そこには見たこともない文字が書かれていた。タングート族の王朝「西夏」の文字だという。不思議な西夏文字を学びたいと思った行徳がシルクロードへ旅立つというストーリーである。

 開封から西夏まで約1000キロ。西夏から敦煌まではさらに約1000キロ離れている。中国内陸部からシルクロードは遠く離れた異境の地だった。

 現在でも中国沿岸部から敦煌には飛行機で乗り継いで4~5時間はかかる。また、敦煌の石窟は、長い歳月を経て自然の浸食が進み、窟内の壁画や仏像は非常にもろくなっており、一般公開される石窟は年々減少している。中国でもデジタル化によって初めて美しい石窟を見たという人も多いようだ。

 小説「敦煌」にも石窟は出てくる。主人公の行徳は戦火の中で貴重な経典を守っている僧侶たちに出会う。その僧侶たちが危険の中で経典を守る理由が、単にまだ読んでいない経典を読みたいという理由であることに感動する行徳。経典は誰のものでもなく、そこに存在することに価値がある。そう悟った行徳は、我が身の危険を顧みず、その僧侶たちと一緒に経典を石窟の中に隠す。

 小説はフィクションだが、敦煌の石窟からは、さまざまな言葉で書かれた仏教経典が出土し、膨大な経典を読み解く研究は「敦煌学」と呼ばれている。きっと小説に出てくる趙行徳のような人物がその学問に迷い込むのだろう。ゲームや仮想現実(VR)が入り口になって敦煌に興味を持つ人が増えてくれたらいい。(c)東方新報/AFPBB News