ロシアとの捕虜交換で帰還、ウクライナ兵の苦難
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■涙の帰還
ストリジコさんの捕虜生活の話から、ロシア側の無関心と冷酷さがうかがえる。
医師たちは職務をおおむね遂行していた。一方、ある女性看護師はロシア語でストリジコさんを罵倒し、自力で食べられないと知りながらベッド脇に食事を置いていった。「看護師はしばらくして戻ってくると、『もう終わりでしょ』と言って食事を下げてしまった」
また、病院では常に監視下にあったが、見張りの兵士が恐ろしかった。
ある兵士は、ストリジコさんの素肌にナイフの刃を当ててなぞるように動かし、「耳をそいだり、ウクライナ人が捕虜にやるようにお前を切り裂いたりしてみたい」と脅してきた。実際にナイフを突き立てられることはなかったが、ぞっとした。
タガンログ行きだと教えられた救急車は、実際には空港に向かっていた。ストリジコさんは他の負傷者や捕虜たちと共に両手を縛られ、粘着テープで目隠しをされて、数時間後には空の上にいた。
捕虜交換が行われると知ったのは、クリミア(Crimea)に着いてからだ。4月28日のことだった。
ロシア兵はストリジコさんと重傷を負ったウクライナ兵3人を車に乗せ、交換場所へ連れていった。その場所がどこかは明らかにされず、1キロほど走ったところでストリジコさんは「とても怖くなった」という。「何が起こるか分からなかった。ロシア兵は何もかもをなかったことにするかもしれないと思った」
「待ち構えていたバスに乗ると、運転手が言った。『皆さん、もう息をして大丈夫。ここは祖国だ』。それを聞いて号泣してしまった」
母親のコステンコさんは捕虜交換のことは聞いていたものの、ベレシチューク副首相から電話連絡を受けるまで詳細は知らなかった。「電話を取り落として、泣いた」と語った。(c)AFP/Joshua MELVIN
