捕まるよりは死んでよかった ウクライナ製鉄所で息子失った母親の心痛
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【5月16日 AFP】ウクライナの首都キーウに住むイリーナ・エゴルチェンコ(Iryna Yegorchenko)さん(43)は、壊滅的な被害を受けた同国南東部マリウポリ(Mariupol)にあり、ロシア軍に包囲されているアゾフスターリ(Azovstal)製鉄所を守る戦闘員の息子アルテムさん(22)が無事に帰還することを、2か月半にわたって祈り続けてきた。
だが先週、息子の訃報が届いた。
圧倒的な絶望がエゴルチェンコさんを襲った。しかし同時に、ある種の安堵(あんど)も覚えた。「急に胸のつかえがおりた気がした。息子が拘束されたり、負傷したり、空腹にさいなまれたりしていると聞くよりは、死んだと知る方がまだいい」
心理学者のエゴルチェンコさんは、キーウの自宅からメッセージアプリのバイバー(Viber)でAFPの取材に応じた。
がっしりした体格でボクシングに打ち込んでいたアルテムさんは、3月上旬にアゾフスターリ製鉄所に入って以来、74日間をその中で過ごした。外界とのつながりはメッセージアプリのテレグラム(Telegram)とSNSのインスタグラム(Instagram)だけだった。
母親には常に大丈夫だと言い続けてきたアルテムさんだが、友人に対してはより正直に語っていたことを、エゴルチェンコさんは知った。アルテムさんは友人に「死が迫っている、ここから出られないだろう」と書いていた。また、仲間の戦闘員が毎日のように死んでいき、ロシア軍の戦車がすでに構内に侵入しているとも伝えていた。
エゴルチェンコさんがアルテムさんと最後に話したのは、今月7日だった。その後連絡が途絶えたため、必死で情報を求めた。
11日になって、製鉄所の一部が崩壊し、落下したコンクリート片の下敷きになってアルテムさんが圧死したとの知らせが届いた。
「少なくとも息子は苦しまなかった。すべてがあっという間だった」
ロシア軍の容赦ない砲撃を受ける広大な製鉄所から、国際機関による救助活動で民間人は全員避難したが、今も1000人以上ものウクライナ兵が立てこもっている。
エゴルチェンコさんが今心配するのは、取り残された戦闘員のことだ。重傷者がいるのではないか。ロシア軍の捕虜になり、拷問を受けて殺されるのではないか。
イリーナ・ベレシチューク(Iryna Vereshchuk)副首相は12日、ウクライナ政府がロシア側に戦闘員の避難を要請したものの、拒否されたことを明らかにした。同氏は「ロシア側が認めるのは投降だけだ。だが周知の通り、わが国の戦闘員は武器を下ろすことには同意しない」と述べ、ウクライナ政府が重傷者の避難を優先しながら戦闘員を救うための特別作戦に乗り出すことも示唆した。
2月24日にロシア軍が侵攻して以来、マリウポリとアゾフスターリ製鉄所はウクライナによる予想外の激しい抵抗の象徴となっている。エゴルチェンコさんは言う。「母親として、大変誇りに思う。息子は良い人生を送った。国民を守ったのだ」
激しい戦闘が続く製鉄所から、息子の遺体をいつ引き取ることができるのかは分からない。また、ひつぎに入った息子を見たくないという思いもある。「息子がもうこの世にいないと思うと、文字通り胸がえぐられる」
「この戦争が始まらなければ息子の未来はどうなっていただろう、私の孫はどんな姿をしていただろう。もちろん、それをこの目で見てみたかったという気持ちはある」と吐露したエゴルチェンコさん。それでも「母親として恥じることは何もない」と気丈に語った。(c)AFP/Sergei Volsky with Olga Shylenko in Brussel