2015年に採択されたパリ協定(第21回国連気候変動枠組条約締約国会議=COP21)を受け、世界では政府レベル、あるいは民間企業、金融機関ですでにさまざまな取り組みが始まっている。
 2021年8月には、科学者など専門家による国際機関「気候変動に関する政府間パネル=IPCC」が約7年ぶりとなる報告書を公表。その中で、気候変動の現状について、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と初めて断定し、強く警鐘を鳴らした。
 実際、日本ではここ数年、異常気象に起因すると思われる豪雨による洪水、浸水、土砂災害が頻発している。その被害は個人の住宅ばかりか公共インフラ、また企業の設備などにも及ぶことが多い。そうした災害を未然に防ぐ意味でも、いまや気候変動リスクへの対応は政府レベルだけではなく、民間企業にも、さらには個々人の意識の持ちようにまで求められている。
 その必要に応えるべく、商工組合中央金庫(以下、商工中金)ではすでに注目すべき取り組みが始まっている。


 

「サステナビリティ推進室」を新設

 
「当金庫では、『気候変動リスク』を経営におけるトップリスクの1つと認識しています。これは、気候変動リスクが私どもの大切なお客さまである中小企業にさまざまな影響を及ぼし、ひいては当金庫も大きな影響を受ける可能性があると認識しているからです。当金庫は、全国47都道府県すべてに支店を持つ、中小企業による中小企業のための金融機関。だからこそ、そうしたリスクをお客さまと共有し、建設的に対話し、サポートをすることで、お客さまの成長に寄与できるとともに、私ども自身の成長にもつながるのです」
 そう語るのは、2022年4月1日に着任したばかりの同金庫サステナビリティ推進室の山﨑久義室長だ。
「重要なのは、気候変動リスクは、視点を変えればお客さまにとって新たなビジネスチャンスにもなり得るということ。そのために私どもがどういったサポートができるかを考えることです」
 山﨑室長は続ける。


 
「こうした認識のもと対応を強化するため、どうやってお客さまをサポートしていくか、そのために当金庫の業務をどう改革していけばよいのか、経営会議や取締役会などで議論を深めてきました。そして2021年6月、本部横断の気候変動リスクワーキンググループ(WG)を設置したのです。そこでさらに現場レベルでの議論を積み重ねていった結果、より一層の具体的な推進のための専門部署が必要だとの結論に達し、2022年4月、経営企画部の中に『サステナビリティ推進室』を設置しました。それまで経営企画部の副部長として議論を進めていた私が室長を拝命したのです」
 商工中金全体としての「気候変動リスク」への取り組みに関する基本的考えは、「環境への配慮」「人権の尊重」「中小企業のガバナンス向上」などを独自に定めた「サステナビリティ基本規程」に基づいている。この方針に沿って、顧客である中小企業、さらにはステークホルダー(利害関係者)と一体になって事業活動に取り組むことで、持続可能な社会の実現に貢献していこうという考えだ。
 そこで最も肝要な共通認識を商工中金全体で徹底させることから取り組み始めた。それは、気候変動リスクをはじめとするサステナビリティのあらゆる課題は、なにより役職員ひとりひとりの自分自身の課題であることを強く意識すること。そのうえで、ひとりひとりがそれぞれの職務を通じて社会全体のサステナビリティに貢献するという意識を持つことだ。
 そうした前提に立ち、取り組みの基本的な視点として、独自の”SPEED”の視点を定めることで組織、職員の目的と行動を明確化したのだという。

「共感の創造」を中心に据えた”SPEED”の視点

 
 現場レベルで積み重ねられた議論によって構築された、”SPEED”の視点。それは、

S=持続性の確保(Sustainability)
P=生産性の向上(Productivity)
E=共感の創造(Empathy)
E=外部不経済の防止(Ecology)
D=情報による変革(Digital)

 という5つの視点から構成され、その頭文字をつなげたオリジナルの造語だ。
本部横断のWGが喧々諤々の議論を繰り広げる過程で、若手職員たちからあがったアイディアだった。
 とりわけ重要視しているのが、「共感の創造」だという。
「ただでさえ社会環境は激変しています。そうした中で、気候変動リスクのように社会自身のサステナビリティが問われているいま、未来に対するわれわれの取り組みも一様のものではなく、臨機応変な取り組みが必要です。もちろん、場合によっては一歩も二歩も踏み出す大きなチャレンジも必要でしょう。そのためにこそ、私どもは中小企業のお客さま、そしてステークホルダーのみなさまとそうした思いを『共感』することがまず何よりも重要だと考えているのです。単に相対する方とだけではなく、そこを起点にしてどんどん『共感の輪』を広げていき、より深みのある『共感の創造』をしていくことが大切だと思っています」


 危機感を共有し、悩みをともに感じ、そして独自の強みを一緒に再認識していくことで、立ちはだかる気候変動リスクを一致協力して乗り越えよう――山﨑室長の力強い語り口からは、そんな「共感」を創造していくのだという固い決意がうかがえる。
そして、より言葉に力を込め、こう加えた。
「われわれ自身も継続的に内部で議論を積み重ね、お客さまやステークホルダーのみなさまとも積極的に対話を続け、建設的な方向性を見出していくつもりです。それが“SPEED”の視点の狙いでもある。ですから、私どもは中小企業のお客さま方に対して、金融円滑化に反するような、サポートの消極化を行うことはありません。」
 

独自の「ESG診断ツール」でサステナブル経営支援

 
 では、商工中金として具体的にどういう取り組みをしていくのか。山﨑室長が続けて説明する。
「私どものお客さまである中小企業のみなさまは、これまでも社会および経営環境のあらゆる変化に対応すべく、常に『未来』への想いを強く持ち、たゆまぬご努力と研鑽で『未来』を築き上げてきました。気候変動リスクに対しても、まったく同じ想い、お取り組みで乗り越えられると思っています。そのために私どもができるお手伝いとは何か。経営者の方との対話を繰り返すことで不安や悩み、希望を分かち合い共感し、進むべき未来への地図を一緒に描き、そのサステナブルな未来に一緒に進むためのサポート、すなわち『サステナブル経営支援』を行っていきます」
 この姿勢、取り組みこそ、商工中金が掲げる「企業の未来を支えていく。日本を変化につよくする。」というパーパスに合致したものなのだ。
 まず取り組むのは、もちろん経営者だけではなく現場の技術者も含めた対話。そのうえで、事業性の評価を起点にし、”SPEED”の視点によって個々の中小企業が抱えている課題を可視化する。そのツールとして、商工中金が中小企業専用に独自に開発した診断サービスを提供する。その結果を共有しつつさらなる対話を深め、必要な支援策を話し合っていく。
「さまざまな課題を可視化し共有していきたいと考え、今般、私どものお客さま専用にご提供するサービスとして始めたのは、ESGに関する自社の取り組み状況を簡易に診断できる『ESG診断ツール』です」
 ESGとは、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)という3つの観点。いまや投資の分野でもこれらの観点で判断されることが一般的となっている。「ESG診断ツール」はそれらの観点について、現状でどこまでの達成状況であるかを診断できるツールで、商工中金では新たなサービスとして2021年12月9日より提供が開始されている。
「この3つの観点に関するアンケートに回答していただくことで、今後どういった取り組みが必要か、どの部分を強化していけばよいのかを特定して可視化でき、その結果を平均的なスコアと比較したレポートを作成し、お客さまに提示します」


 このサービスは、商工中金では2022年2月末の時点ですでに約180社の中小企業に提供しているという。
「そのレポートを土台に対話を掘り下げることで共感を高め、相互理解を深めていき、未来に向けてクリアするべき経営課題、ニーズに焦点を合わせた支援策を生み出していけると考えています」
 診断の結果によって、未来を実現する計画を立案。それを実現するためのファイナンス支援等を実行していく、という取り組みだ。
 

未来を支え、変化につよく

 
 商工中金ではこうした取り組み、姿勢を明確化し、顧客である中小企業やステークホルダー、あるいは社会全体に対して理解を深めてもらうべく、2022年3月、同金庫としてはじめて「TCFDレポート」を発刊した。


TCFDとは、世界各国の金融関連省庁及び中央銀行で組織される国際金融に関する監督業務を行う機関「金融安定理事会=FSB」によって、気候関連の情報開示や金融機関の対応をどのように行うかを検討するために設立された「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-related Financial Disclosures)」のこと。TCFDは2017年、財務に影響のある気候関連情報の開示を推奨する報告書を発表し、企業に対して気候変動リスクへの対応を開示することを推奨している。日本でも環境省が旗振り役となって推進しており、商工中金の「TCFDレポート」もこうした時宜と意義にかなった発刊だ。
「このような開示を積極的に行うことで、さらなる対話と相互理解を深めたいと考えています。そうすることでお客さまである中小企業経営者のみなさまそれぞれの思いに『共感』し、ともに進むべき『未来への地図』を描き、力を合わせてサステナブルな未来を創っていく、そういう希望に満ちたサポートをしていくことをお約束します」
 目指すべきは「企業の未来を支えていく。日本を変化につよくする」こと。
 今後もさらなる進化と深化を目指す商工中金の取り組みは続く。

商工中金は、持続可能な環境・社会の実現とお客さまの持続的成長に向けた取り組みを一層ご理解いただくために、「TCFD レポート2022」を発刊しました。

 

山﨑 久義(サステナビリティ推進室 室長)