【5月1日 AFP】タイの首都バンコク。入れ墨を施した恰幅(かっぷく)のいい男たちが一室で若い男性を殴っていた。終わると今度は固く抱き合い、一斉に笑い出した。「チカーノ(Chicano)」の仲間入りの儀式だった。

 チカーノは、メキシコ系米国人ギャングのこと。その音楽やスタイルはまず日本で、今はタイで受け入れられつつある。

 男たちは複雑な入れ墨を施した体に、だぶだぶのTシャツ、ジーンズ、バンダナ、大きめのサングラスといういでたち。週末になると、蒸し暑いバンコクの路上に集まってくる。

 米国ではチカーノ運動は、抑圧に対抗する政治・社会的なものとして始まった。タイでは、その美学が受け入れられた。

「銃を持った13人の野蛮人(Barbarian Has a Gun 13)」のリーダー、チャナゴン・アッタナーシリ(Chalakorn Arttanasiri)さん(40)。通称はレン。ハーレーダビッドソン(Harley Davidson)製のバイクから降りながら「誰でもこうしたライフスタイルを簡単に実戦できるように、タイ風のチカーノスタイルにしたい」と話した。

 チカーノスタイルとタイ風を融合させた「タイーノ(Thaino)」文化を広めることを目指しているという。

 メンバーは、チカーノの服装や入れ墨文化を採り入れている。「銃を持った野蛮人13」では、メンバーのうち13人にだけ、腹部にグループ名の入れ墨を彫ることが許されている。

 レンさんの全身には、マヤ(Maya)文明の女神や聖母マリア(Virgin Mary)、映画『ゴッドファーザー(The Godfather)』の出演者の入れ墨が施されている。

 平日には仕事がある。レンさんは「通常は普通の人と変わらない格好」をしているが、集まりがある日にはチカーノらしい服装をすると語った。

 スラム育ちのレンさんは元麻薬密売人で、服役経験もある。しかし、チカーノの衣類の輸入業を始め、人生を立て直した。その後、チカーノ文化の愛好家グループを立ち上げた。

 荒っぽい仲間入りの儀式を除けば、ハリウッド(Hollywood)映画に描かれているような、チカーノの暴力的な面をまねるつもりはない。

 仲間入りの儀式は、13秒間の試練に耐えてでもメンバーになりたい意志を持っているか試しているだけだと言う。

「力を誇示するため他のギャング団に殴り込みを掛けるようなことはしない。タイは仏教国。そこで平和に暮らしているのだから」

 ある日の集会では、入れ墨だらけの男性たちが楽しそうにおしゃべりしていた。その後ろでは、メンバーの子どもたちが遊んでいた。

 新入りのチャイヤー・ノップ(Chaiya Nob)さん(31)は「こんな服装をしているからと言って、皆がマッチョ(乱暴者)やギャングのように振る舞うわけではない。違法行為もしない」と話した。

「善き市民、模範的な市民でなければ。格好は普通ではないかもしれないが、皆親しみやすい」と笑った。(c)AFP/Pitcha DANGPRASITH