【4月20日 東方新報】中国で「顔認証をめぐる初の裁判」として注目された訴訟の控訴審判決が9日に下された。「顔認証情報を強要された」という原告の主張は認められたが、顔認証システムの正当性自体には触れない内容だった。

 裁判を起こしたのは、浙江理工大学(Zhejiang Sci-Tech University)法学部の郭兵(Guo Bing)副教授。郭氏は2019年4月、浙江省(Zhejiang)杭州市(Hangzhou)にある杭州野生動物世界(Hanzhou Safari Park)の年間パスポートを1360元(約2万2630円)で購入。杭州野生動物世界は郭氏の指紋をスキャンし、指紋情報を示せば何回でも入場できると説明した。ところが同年10月、杭州野生動物世界は郭氏の携帯に「年間パスポートの指紋認証を廃止し、顔認証に変更したので、すみやかに登録してください」と一方的に通知された。郭氏はすぐに「顧客の同意なしに生体情報の収集を強制するのは消費者権益保護法違反」として提訴した。

 杭州市富陽区(Fuyang)人民法院は2020年12月、郭氏が失った契約上の利益と交通費計1038元(約1万7270円)を補償することを杭州野生動物世界に命じた。一方、顔認証の登録を求める動物ワールドの通知自体が無効とする郭氏の主張は退けた。このため双方が判決を受け入れず、控訴した。

 そして今月9日、杭州中級人民法院は、人民法院の判決を支持し、さらに郭氏の指紋情報を削除するよう杭州野生動物世界に命じた。判決では「生体情報は極めて重要な個人情報であり、誤った使い方をすれば市民に大きなリスクをもたらす」と強調。ただ、杭州野生動物世界が入場条件を事後的、一方的に変更したことを契約上のルール違反としており、顔認証を求めたこと自体の是非は「スルー」した。

 中国の民事訴訟は二審制で、判決は確定。形式上は勝訴した郭氏だが、「私は1000元(約1万6640円)かそこらの賠償金を求めて闘ったわけではない。個人の権利を守り、顔認証技術の悪用に対する闘いだった」と述べ、判決には「失望した」としている。

 中国では口座の開設・解約、モバイル決済、オンライン取引、行政手続き、交通安全検査、出勤・退社など多くの場面で顔認証技術が導入されている。指名手配容疑者の顔写真データと防犯カメラをネットワークで結び、人気歌手のコンサート会場に現れた容疑者を発見、逮捕した事例もある。一方、毎年3月15日の世界消費者権利デーに合わせ、消費者をだます悪質企業を暴く中国中央テレビ(CCTV)の調査報道番組「315晩会」は先月15日の放送で、顔認証を巡る企業の問題を追及。米国のユニットバスメーカーやドイツの自動車メーカーなどが中国内の店舗で顧客の顔情報をカメラで保存し、購入データなどとひも付けて、無断で個人IDを作成して保存していることを告発した。顔認証機能付き撮影システムは中国企業が開発したものだ。店舗側は「顧客情報を得ることで、よりきめ細かいサービスを提供できる」と弁明している。番組では、企業が保管する顧客情報を売買する闇業者の存在も暴いている。

 中国では、本人の了解なしに個人情報を収集してはならないと法律で明確に規定している。昨年5月に全国人民代表大会で採択された新しい民法でも「プライバシーと個人情報の保護」について詳細な規定が盛り込まれた。顔認証をはじめとした生体情報技術の導入が先行し、セキュリティー体制や消費者の権利保護意識が遅れている実態が今後どれだけ改善されるかが注目される。(c)東方新報/AFPBB News