ピアニスト郎朗の自伝がハリウッド映画に、不屈の闘志を持つ父子の執念の物語
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1994年、郎朗は自費でドイツのエトリンゲンの第4回国際青少年ピアノコンクールに参加し、A組の優勝者となった。1995年には、公費で日本仙台市が主催する第2回チャイコフスキー国際青年音楽家コンクールに参加し、金賞をとった。1997年には、米国フィラデルフィア市のカーティス音楽院(Curtis Institute of Music)に留学し、ゲイリー・グラフマン(Gary Graffman)に師事した。
その後、朗朗はクラシック界の最もホットな若き天才ピアニストとして、メディアの人気者になったことはご存じだろう。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(Berlin Philharmonic)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(Vienna Philharmonic)、米国の5大オーケストラ楽団など世界の頂点のオーケストラが彼をソリストに迎え、この数年の間、彼は世界各地でその超絶技巧のピアノ演奏で世界の聴衆を魅了してきた。
2003年、ニューヨークのカーネギー・ホール(Carnegie Hall)で、郎朗は父・郎国さんと同じ舞台で、ピアノと二胡で共演した。この演奏記録は郎朗のドキュメンタリー映像『不成功毋宁死:郎朗的故事(英題:Do or Die: Lang Lang's Story)』の中にあるが、このとき郎朗は父との関係を次のように語っている。
「父は自分の命すべてを私のピアノ人生に賭けました。そして彼もその過程で、同様に鍛えられて一人の音楽家になったのです。私が夢を実現した時、父も自分の夢を実現できた。私の人生で最も素晴らしい瞬間でした」
さて、ハリウッドの銀幕で、この中国的不屈の父子の物語はどのように再現されるのだろうか。そしてあの超絶技巧を映画でも堪能できるのだろうか。待ち遠しい。(c)東方新報/AFPBB News
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