ピアニスト郎朗の自伝がハリウッド映画に、不屈の闘志を持つ父子の執念の物語
このニュースをシェア
2歳になる前に、家ではアップライト式のピアノが買い与えられ、ピアノは郎朗の「新しいおもちゃ」になった。
彼がピアノにさらに強い興味を持つようになったのは、アメリカアニメの『トムとジェリー(英題:Tom and Jerry)』のワンシーンに使われていた「ハンガリー狂詩曲№2」だった。猫のトムが礼服を着て、観客に一礼して突然、激しくピアノを弾き始める。これを見た当時2歳の郎朗はますますピアノが好きになった。4歳になり、両親は郎朗にピアノ教師をつけ、正式にピアノレッスンが開始する。
だが、この時からピアノは郎朗にとって、大きな「呪い」になった。郎国さんは最初にこう言った「これからお前は倍の努力をしないといけない。先生のためにピアノを弾くときは、一つも間違ってはいけない。さあ、はじめなさい」
これまでになかった緊張感の中でピアノを弾き、郎朗はこの先生を偉大なみこのイメージで見ていたという。「一つ間違えるたびに、彼女が私の指をたたくのがとても怖かった」。
実のところ、この教師はそんなに厳しい人ではなく、郎国さんに対しては「郎朗に厳しすぎるのでは。極限まで彼を追い込んだら、彼の精神を壊してしまう危険がある」と訴えたという。
だが、郎朗は、こうしたプレッシャーがむしろ好きになった。
才能ある子どもとして、ナンバーワンにならなければいけない、という「父の呪い」をかけられたわけだが、「必ず勝つという決心は当時私の血の中に流れ、今もその血は私の中に流れている。夜にはそれは私の夢となり、昼間は、私の練習のモチベーションとなった」という。
5歳になり、郎朗は最初のコンクール、瀋陽児童ピアノコンクールに参加し、一位になった。「私は舞台の上で演奏して、スポットライトを浴びて、聴衆の拍手を聞く感覚が好きだった」と述懐する。この時から彼はピアニストになることを決心した。7歳の時、太原市(Taiyuan)で人生二回目のコンクールに参加したが、この時は結局、奨励賞しか取れなかった。以来、二度とコンクールで失敗すまいと心に誓った。ピアノの練習のためには何を犠牲にしてもおしくはない、と思ったという。だが、このときは、まだ音楽に人生をささげるということが、どういうことかわかっていなかった。
ニュース提供社について