状況を複雑にしているのは、アジア地域での影響力を増す中国に対抗することを主に念頭に、集団的自衛権の行使を可能にしようと安倍首相が進める改憲の動きだ。この転換によって、米国主導の対イスラム国作戦など、日本がこれまでは回避してきた軍事衝突に巻き込まれるのではとの懸念が出ている。

 早稲田大学(Waseda University)名誉教授で現代イスラム研究センター(Center for Contemporary Islamic Studies)の副理事長を務める山本武彦(Takehiko Yamamoto)氏は、今回の人質事件によって安倍首相の言動はややトーンダウンするのではないかとみる。山本氏は、事件が日本社会に大きな衝撃を与えたことから、国民の大多数が政府に対し、国際問題について意見をより鮮明にして国民を危険にさらすよりは、目立たずにいたほうがいいと感じているのではないかと分析する。

 普段は地理的にも政治的にも海外の紛争から隔離されている日本国民も、今回は24時間絶え間ない事件報道に動揺し、在外邦人がさらなる暴力の標的になりかねないと不安を募らせている。

 日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)の佐藤真紀(Maki Sato)事務局長は「日本の中で震災以降、3.11以降、海外への関心が少なくなっている気がする」と述べる。東北大震災で世論の目は内を向き、関心をより占めているのは原発危機など国内問題だ。そうした慎重な世論が、今回の事件によって、国外問題への関与を拡大するメリットを確信することはほとんどないだろうと佐藤氏はいう。

 一方、日大の岩井教授は、危険な紛争地域を訪れた後藤さんと湯川さんの決断が、2人に対する世論の共感を薄れさせているとも指摘する。「今回は、普通の旅行者などではなかった。もともと、リスクを背負った人が捕まった。それで、多少は割り引いて見られているかも知れない」

 2012年の再就任以来、安倍首相は精力的に外交攻勢をかけてきた。産油国の湾岸諸国を含め50か国以上を訪問し、経済および防衛分野で中国に対抗する拮抗勢力の構築を試みつつ、日本のインフラを売り込み、パートナーシップを結んできた。

 岩井教授は、イスラム国が安倍首相の中東訪問のタイミングを計っていたとすれば、首相の問題として出てくることもありうるという。「向こうがタイミングを計っていたなら、それは積極外交のコストやリスクだろう」。また当初、援助について表明した際、「ISと闘う周辺各国に」支援を約束すると述べたが、こうした表現が賢明だったかどうかと岩井氏は疑問を呈する。

 日米軍事同盟を深化させ「武器輸出三原則」を緩和する安倍首相の動きに、日本の世論はまだ心奪われているわけではない。

 日本イラク医療支援ネットワークの佐藤氏は、これまで非常に高く評価されてきた日本の援助を今後も継続し、困窮している人々を助け、軍事的役割はこれからも避けていくべきだと語った。(c)AFP/Hiroshi HIYAMA