【8月20日 AFP】イタリアからハネムーンで日本にやって来た旅行客のアルベルト・ペレグリーニ(Alberto Pellegrini)さんは、日本語を話すことも、読むこともできない。それゆえ、美食天国として有名なこの国で、飢えの恐怖を感じるという困難に陥った。

 食道楽に取り憑かれたこの国のレストランでは、英語で書かれたメニューは珍しいか、まったく存在しないかだ。だが、ペレグリーニさんにとって幸運なことに、手の込んだプラスチック製の食品サンプルを使って、レストランが提供するメニューを再現し展示する光景はよく見られる。

 香辛料がたっぷりかかった特大のホットドッグの姿が普通の日本人客を驚かせることはないが、ずらりと並んだ食品サンプルは、店に入るかどうか迷っている客が一口かじりたくなるほど本物に似ていることもある。

 ペレグリーニさんは、「本当に助かるよ」と言いながら、銀座(Ginza)のレストラン街を新妻と一緒に歩き回った。「食べたいものを指さして、あれが欲しい、これが欲しいと言えばいい。(日本語で書かれた)メニューから選ぶなんて無理だから、ずっといい方法だよ」

■食品サンプル誕生のきっかけは「食事革命」

 だが、おいしそうなプラスチック製の太巻きの起源は、あまり食欲をそそるものではない。

 食品サンプルについての著書がある日本経済新聞特別編集委員の野瀬義申(Yasunobu Nose)氏は、「最初に作った職人は、食品サンプルの作成を頼まれる以前は、医療機関などで使う病理模型、例えば皮膚病や臓器の模型などを作っていた」と語る。

 転機は1920年代の初めに訪れた。「食事革命」とも言うべき現象が起き、外食が急激に一般化するとともに、地方の人々が都会に押し寄せた。都会のレストランで提供される食事に慣れていない地方居住者たちは食品サンプルのおかげで、食堂の中に入る前に、一目でその店の得意料理を把握できるようになったのだ。

 それから1世紀近くを経て、「日本人は(食品サンプルという)3Dの記号からさまざまな情報を読み取るリテラシー(読解力)を獲得した」が、対照的に中国や韓国といった近隣諸国では、いまだに影が薄いと野瀬氏は指摘する。「食品サンプルを見たとき、いろいろなことを計算するでしょう――どんなメニューがあるか、どれだけサイズは大きいか、この値段で得かどうか。しかし、食品サンプルのリテラシーがない外国人にとっては、単にこれは本物にそっくりな模型でしかない」のだという。

  現在、食品サンプルの主流は耐久性の高いプラスチック製だが、サンプルが蝋で作られていた1932年に創業した食品サンプル製造大手の岩崎(Iwasaki)は、プラスチック製サンプルに着色する専門の職人を抱えている。

 そうやって仕上がったサンプルは1万円ほどで販売されるが、レンタルも可能で、料金はハンバーガーセットのサンプルの場合、月600円ほどだという。

■一般人の間で高まる人気、今後の課題は高級店と欧米

「主な顧客はレストランだが、一般の人たちの間でも食品サンプルの人気が高まっている」と岩崎グループのイワサキ・ビーアイ(Iwasaki Be-I)広報担当・中井敬(Takashi Nakai)氏は言う。同社は最近、東京に2つの店舗を開店させ、複数の言語で「食べられません」との警告が記された、寿司やベーコンの飾りがついた携帯電話用ストラップやキーホルダーなどを販売している。また、この店では来店客が食品サンプルを実際に作ることもできる。

 だが、依然として高級レストランが食品サンプルを使うことはほとんどない。また西洋諸国に食品サンプルを展示するアイデアを紹介する努力も成功とはほど遠い。

「理由の一つは、サンプルを作るのに本物の料理が必要だということ。地理的に遠いと難しい」と中井氏は語る。

 実際に、イスラエルからやって来たある旅行者は、食品サンプルにあまり感銘を受けなかったようだ。完璧に作り上げられた皿上の寿司のサンプルを見ながら「これを見た時、あまり食べたいとは思わなかった。だってとても気持ち悪いからね」と言い放ち、「本物よりも精巧すぎない?」と付け加えた。

 一方のペレグリーニさんは、彼が選んだものがどういうものか分かっているわけではないが、視覚的な助けのおかげでとりあえずは安心したようだ。「これは魚だと思うね」と言いながら、彼はプラスチック製のイカを指さした。「それと、これはオムレツのようだけれども、確信はないね」。だが実は、それは揚げかまぼこだった。(c)AFP/Kyoko HASEGAWA