平和は誰もが望むことである。しかし、この写真の女の子の父親、母親はどうだろうか。例え平和を望んでいても、「なぜ何もしていない我が子が殺されなければならないのか」という怒りが湧き上がり、「敵」を恨むだろう。「相手にも同じ目に合わせてやりたい」という考えが生まれてもおかしくはない。「報復」は「報復」を生み出し、ますます紛争をエスカレートさせてしまう。中東地域の長期化している紛争はまさにこれであろう。この場合、「敵」は誰なのか。この写真はそのようなことを考えさせてくれる1枚だった。この女の子はイスラエルにとって自国を脅かす「敵」だったのだろうか。そして、「報復」に燃えたパレスチナの人々はいったい誰を「敵」とし、攻撃してしまうのだろうか。

早稲田大学 斉藤 七海 紛争セクション