このコラムは、2018年2月26日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

【3月9日 AFP】2018年2月18日、シリアのアサド政権軍は首都ダマスカス近郊、東グータ(Eastern Ghouta)地区への空爆を激化させた。2012年以降、政府の支配を逃れた約40万人が住むこの地区は、以来大半にわたって包囲され続けており、大部分はイスラム教徒とイスラム過激派が支配している。

 在英NGO「シリア人権監視団(Syrian Observatory for Human Rights)」によると、この日以降の爆撃によって殺害された民間人は、子ども140人を含む550人以上に上っている。

 東グータ地区はダマスカス中心部からの砲撃範囲内にある。今回の空爆強化は、政権軍の地上部隊による東グータ奪還作戦のための地ならしだという見方が一般的だ。

 地元のフォトグラファー、アブドゥルモナム・イッサ(Abdulmonam Eassa)氏がAFPのために撮影した東グータでの死と破壊の風景は、読者もこれまでに目にしていることだろう。彼が見た現状をつづった日誌をここに掲載する。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区のハムーリアで、政権軍の空爆後、建物のがれきの中から救助した幼児を運ぶ男性(2018年2月19日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

■2月19日(月)

●東グータ地区への空爆で127人が死亡。

 今日はすぐ近くも攻撃された。見に行く。一面、焼き尽くされたようだ。最初の数秒間、目に入ったのは灰とがれきだけで、死者はいないと思う。ロケット弾や戦闘機の音が聞こえると人々はすぐに隠れるからだ。そして数秒後、人の気配がする。

 破壊されたビルから、4人の子どもを連れて出てくる女性が見えた。子どもたちは泣き叫んでいた。1人の子はノートか本を1冊抱えていた。たぶんコーランだろう。覚えていない。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区のハムーリアで、政権軍の空爆後、がれきの中を走って避難する女性や子どもたち(2018年2月19日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

「ホワイト・ヘルメット(White Helmets)」の通称で知られるシリア民間防衛隊(Syria Civil Defence)のボランティアたちが到着し、がれきを掘り返し始める。隊員の1人が乳児を運んでいた。こんなにも幼い子どもが傷ついた姿に衝撃を受けた。

 撮影を続けながら、カメラの背面のモニターを見て撮れた写真を確認する。すると突然、1枚の画像の中から私を凝視している義理の兄弟の姿が目に入った。彼はビルの入り口脇に立ち尽くし、助けを求めて叫んでいた。けがをしていた。その場所を撮影した瞬間には彼だと分からず、素早く写真をチェックしていて初めて気付いた。どうすべきか? 助けるべきか、撮影を続けるべきか? 常に私が自問している問いだ。

 その場を離れようとした時、1人の子どもを運ぶホワイト・ヘルメットの隊員に会った。その子は友人の息子だった。私は急いでその子を受け取り、病院へ飛んで行った。少年は私に固くしがみつき放そうとしなかった。病院へ入ったところで少年の写真を撮ろうとしたが、彼は私の手を放したがらなかった。どうにか片手をほどいたが、少年は私に向かって両手を伸ばし続けていた。私は心の中で泣いていた。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区(2018年2月19日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

 30分ほどしてそこを去り、700メートルほど離れた自宅へ向かった。200メートルほど進んだ時点で、自分の近所も爆撃を受けたことが分かった。一気にパニックになった。家族はあそこだ! 誰か死んでいたらどうする?!

 私は急いだ。私の姉妹や親戚が住んでいるビルも爆撃されていた。辺りはほこりに覆われ何も見えなかった。近づけば近づくほど恐怖が湧きあがってきた。道の真ん中にバイクを置き去りにし、うちに駆け込むと兄弟がいた。「母さんは無事?」「大丈夫だ」「他の皆も?」「大丈夫だ」。安堵(あんど)のため息をつこうとしたところで、床に何かが倒れているのが横目に見えた。友人だった。彼は頭にけがを負い、死んでいた。だが私たちは彼の遺体を放置するしかなかった。けがをした子どもたちを病院へ連れて行かなければならなかったからだ。こんな場面を撮影することは私にはできない。

 道路の反対側を見ると、礼拝着を着た女性が1人見えた。顔から血が流れていた。私の女きょうだいだった。横に立っていた親戚の女性2人も、やはりけがをしていた。自分のきょうだいをまず落ち着かせようとした。彼女は靴を履いていなかったので背負ってやりたかったが、心配しないで、はだしで歩くから、と言われた。彼女と皆を病院へ連れて行き、母と他のきょうだいをダラヤ(Daraya)まで送って行った。それから様子を見に自宅へ戻った。

 ドアと窓はことごとく砕け散っていた。辺りを見渡すと、もはや自分が死ぬことを気に掛けていないことに気付いた。上空には再び戦闘機が飛んでいるし、いつまた空爆が始まるかもしれないが、怖くなかった。これ以上、痛みを感じることなどできないほど私は傷ついていた。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区のハムーリアで、政権軍の空爆後、がれきと化した町を見るシリア市民(2018年2月19日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

 家族は別の家で夜を過ごしている。誰もちゃんとは寝ていない。この日誌を書いている間も、上空にいる戦闘機の音が聞こえている。ビルも揺れている。さまざまな思いが心の中を駆け巡っている。愛する家族が死んで、私が生き残ったらどうしよう? そんな痛みに耐えられるだろうか? 今はここまでにしておく。

■2月20日(火)

●東グータに対する一連の攻撃による民間人の死者は、子ども29人を含む128人に上っている。アルビン(Arbin)にある別の病院は運営不能状態に陥っている。 

●国連児童基金(ユニセフ、UNICEF)は「どんな言葉をもってしても殺された子どもたち、彼らの母親、父親、家族らが報われることはない」として、白紙の声明を発表している。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区のサクバで、空爆で負傷した市民を救出するシリア民間防衛隊のメンバー(2018年2月20日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区(2018年2月20日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

 私は病院へ向かった。ひどい状況になっていると分かっていたからだ。皆、丸1日食事を口にしていない。ある部屋に入ると遺体でいっぱいだった。昨日死んだ人の遺体もあれば、もっと前に亡くなったのに埋葬できずにいる遺体もあった。

 病院にいる間にようやく2~3時間、眠った。数時間以内にまた同じ繰り返しが始まるのだ──戦闘機、爆撃、たる爆弾、負傷した市民、恐怖、家族のけがや死。でもまだ私は持ちこたえている。まだ出かけて写真を撮ることができる。どうしてか分からない….だが、できている。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区のアルビン上空を飛ぶロシア軍のスホイ34戦闘機(2018年2月20日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区のハムーリアで、政権軍の空爆後に立ち上ぼる煙(2018年2月20日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

■2月21日(水)

●国連アントニオ・グテレス(Antonio Guterres)事務総長は、東グータで起きている出来事を「この世の地獄」と表現している。たる爆弾が落とされている。

 私たちは、たる爆弾が落とされたサクバ(Saqba)の町へ入った。女性が1人、子どもたちと泣いていた。破壊されたビルの壁の間に男性が1人、挟まれていた。私たちがそこにいる間に2本ほど先の道に2個目のたる爆弾が落ちた。集中できない。頭の上に巨大な雲がかかっているみたいだ…。

 しばらくして自宅の近所へ引き返した。ロシア機によって空爆されたのだ。人々が泣き叫んでいた。こういう状況にどう対処すればいいのか、皆、分からないのだ。私は仕事で人の死や破壊を追っているので、少しは分かっていた。ビルに近づいた。崩壊したビルの壁の間に少年と少女が挟まっていた。ぶらぶらと揺れている2人の脚が見えた。周りが安全かどうかを確かめてから、まず男の子を、それから女の子を引き出した。

 もっとよく周囲が見えるように屋根に上った。何もかもが燃えている。どこもかしこも砲撃されたようだ。サクバ、ミスラバ(Misraba)、ドゥマ(Douma)、カフルバトナ(Kafr Batna)…東グータ全域が燃えているように見える。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区のハムーリアで、政権軍の空爆後に立ち上ぼる煙やほこり(2018年2月21日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

 がれきの下にまだ子どもがいると近所の人が叫ぶ。私はカメラを置き、彼らが指差す場所へと向かった。こういう場合、私は撮影をする時もあれば、救助を手伝うこともある。決まったやり方は持っていない。直観に従うだけだ。子どもが1人閉じ込められていると民間防衛隊のボランティアたちが言ったが、我々はその子の父親も発見した。父親は窒息死していた。子どもは生きていた。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区のハムーリアで、政権軍の空爆後に子どもを救助するシリア人たち(2018年2月21日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

■2月22日(木)

●ドイツのアンゲラ・メルケル(Angela Merkel)首相が、シリアでの「虐殺」を止めるよう呼び掛けた。だが国連安全保障理事会は、バッシャール・アサド(Bashar al-Assad)大統領と同盟を結びシリア政権軍を支援するロシアの反対によって、停戦決議を採択することができなかった。

 今日は午前6時に起床。静かだ。どこもかしこも破壊されている。ぽつぽつと人が姿を現し、被害状況を確認したり、食料を手に入れようとしたりしている。だが、30分ほどするとあの恐ろしい音が聞こえてきた。上空に1機。爆撃が始まる。人々は慌てて避難場所へ引き返す。この4日間、爆撃は止まっていない。皆、おびえている。

 その後、ホワイト・ヘルメットが男性に応急手当てをしているのを見た。男性は「小麦粉の入った袋はどこだ? あれが必要なんだ!」と叫び続けていた。食料を手に入れようとして負傷したようだった。

 大勢が行方不明になっていた。誰もが自分の親戚を捜しているようだ。死んでいる場合もあれば、ただ隠れているだけのこともあるが、連絡をとるのはとにかく難しい。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区(2018年2月22日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

 私は電気が使えない状態にある。カメラとパソコンを充電できるかどうか心配だ。この二つがなければ仕事にならない。

 犠牲者の数は今や300人を超えている。病院は死者や負傷者を数えることができずにいる。がれきの下に閉じ込められたままの人たちもいる。民間防衛隊のボランティアは全力を尽くしているが、空爆のせいでたどり着けない地区がある。状況はとにかくひどい。神よ、われらを救いたまえ。

 午後3時、これを書いている現時点まで編隊は空爆をやめていない。見逃された地区は一つもない。ホワイト・ヘルメットは必死に頑張っている。彼らの車両の多くも破壊されているのに。非常に困難な事態だ。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータのハムーリアで、政権軍の攻撃を受けた場所の様子を確認する男性(2018年2月22日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

■2月23日(金)

●国連安保理は東グータへの攻撃に対する停戦決議の採択を延期した。

 人々は避難場所の中で身を縮めている。皆、ショックを受けている。私たちには何も理解できない。何もかも使えなくなっている。4日間の爆撃がもたらしたこの変化を私は信じることができないでいる。東グータ全域が変わり、消されてしまった。もはや道路はない。辺り一面はちりとがれきだ。そこを使っているのは救急車だけだ。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区(2018年2月23日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa

 泣いても何にもならないだろうが、私は今日、泣いている。他に何も言うことができない。誰か、どうか、この殺りくを止めてくれ。どうか、誰かがここで起きていることを止めなければならないんだ!

 だが、人生は続いている。今日は完全に破壊されたビルの下から4人の子どもたちを助け出した。ここで目撃してきたことは、決して忘れないだろう。もしも生き延びることができれば。

●2月24日(土)、国連安保理が停戦決議を採択した。東グータへ人道支援を送り込めるよう、「即時」停戦を求めるものだ。しかし空爆は続き、さらに死者が出ている。

●月曜日(訳注:26日)になってロシアは、東グータから民間人が脱出できるよう、1日5時間の「人道的停戦」を発表した。(c)AFP

このコラムはシリアの首都ダマスカス東部を拠点とするフォトグラファー、アブドゥルモナム・イッサ(Abdulmonam Eassa)氏が、AFPキプロス・ニコシア(Nicosia)支局のサマル・ハズボーン(Samar Hazboun)記者、AFPパリ本社のヤナ・ドゥルギ(Yana Dlugy)記者と共同で執筆し、2018年2月26日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。

シリアの首都ダマスカス近郊の東グータ地区のハムーリア(2018年2月23日撮影)。(c)AFP / Abdulmonam Eassa