【9月2日 AFP】イスラエル・テルアビブ(Tel Aviv)の音楽ホール。満員の聴衆を前にバイオリニストのガイ・ブラウンシュタイン(Guy Braunstein)氏はスポットライトを受けて輝くバイオリンを顎に挟んだ。その楽器が持つ歴史の重さにブラウンシュタイン氏は思わず手が震えるのを感じた。

 このコンサートは、ナチス・ドイツ(Nazi)時代のホロコースト(Holocaust、ユダヤ人大量虐殺)の犠牲者たちが所有していたバイオリンを回収・修復する「希望のバイオリン(Violins of Hope)」プロジェクトの一環で行われたものだ。ブラウンシュタイン氏が演奏したバイオリンは、アウシュビッツ・ビルケナウ(Auschwitz-Birkenau)強制収容所に送られそこで演奏を強制された男性のものだった。

「コンサートは何千回もこなしてきたが、アウシュビッツから生還したバイオリンを手にした時ほど感情がこみあげ身震いしたことはない」。エルサレム(Jerusalem)の室内管弦楽団員らとともに演奏を終えたブラウンシュタイン氏は楽屋でそう語った。

 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(Berlin Philharmonic)でキャリアを積んだブラウンシュタイン氏は、本プロジェクトの公演でこれまで2回演奏している。

「希望のバイオリン」プロジェクトの生みの親は、イスラエル人のアムノン・ワインシュタイン(Amnon Weinstein)氏(76)だ。コンサートはドイツや米国でも開催されている。

 弦楽器職人のワインシュタイン氏はホロコーストを免れたリトアニアのユダヤ人家庭に生まれた。ワインシュタイン氏の工房はテルアビブにある。ニスの強い匂いが漂う地下の作業場で20年間、バイオリンの修復に取り組んできた。その多くは非常に悪い状態で持ち込まれる。ブラウンシュタイン氏が演奏したバイオリンについては「山積みになった死体の前で演奏されていたものだよ。あのバイオリンが目にしたものを見たら気が狂ってしまうだろう」と語った。

■一つ一つの楽器に物語が

 ワインシュタイン氏は自身の使命を「ホロコーストを生き延びたどんなバイオリンでも見つけ出し、ここへ持ち帰って修復し、演奏が可能な状態にすること」だと考えている。「演奏されることで、そうしたバイオリンたちが語るべき言葉を聴いてもらいたいんだ」

 ワインシュタイン氏の手元には修復を終えたバイオリンとチェロ計60丁がある。それぞれが独自の物語を持っているが、多くはホロコースト時代を生きた欧州のユダヤ人たちの悲劇だ。ほとんどがドイツや旧チェコスロバキアで製造された楽器で、内側にユダヤ人の象徴とされるダビデの星(Star of David)や所有者の名前が刻印されたものもある。

 ワインシュタイン氏はパソコンの前に座り何時間もかけてホロコーストを生き延びたバイオリンを探す。過去にさかのぼるために、この作業場で見られる唯一の現代テクノロジーを駆使するのだ。

 ホロコーストのバイオリンを持っているという人が自ら連絡してくることもある。最近もフランス人男性が父親から譲り受けたというバイオリンを持ち込んできた。フランスのドランシー(Drancy)収容所に送られるユダヤ人が「向こうに行ったら、もう弾くことはできないから」と言って男性の父親にそのバイオリンを譲ったという。

 当時、中東欧のユダヤ人コミュニティーではアシュケナージ系ユダヤ人のクレズマー音楽が盛んで、バイオリンはクラリネットと並んで人気の楽器だった。

 ワインシュタイン氏は言う。「ホロコーストに関するすべての証言にバイオリンにまつわるストーリーがある。寒さや飢え、ノミにも負けずにバイオリンを手に取り奏で続けた男の話だ」「彼の演奏を聴いた人は自由になれた。音楽が他の世界へと運んでくれたんだ。シャガール(Chagall)の絵のように宙を飛べたんだよ」「彼らの声をよみがえらせ、後世に伝えられるのはこれ以外にない」

(c)AFP/Daphne Rousseau