【AFP記者コラム】まるでロックスター、トランプ流選挙集会
このニュースをシェア
【3月4日 AFP】外国人には理解できない現象だ。不動産王で、90年代に醜い離婚闘争を繰り広げ、イスラム教徒の米国入国を禁止するとほえている元リアリティー番組のスターが、どうすれば大統領選のニューハンプシャー(New Hampshire)州予備選で勝利できるのだ?
だがドナルド・トランプ(Donald Trump)氏の集会に行ってみれば、その理由は少しずつ見えてくる。

会場の外に並ぶジャーナリストたちの列に私が加わったとき、雪は深く降り積もっていた。暗く、氷点下の寒さで、風も強かった。人々は開場の1時間以上前から集まっていた。会場中に入った頃には、私の足はもうかじかんでいて、ブーツを脱いでもむと、なんとか感覚が戻ってきた。
トランプ氏は吹雪のために30分遅れて到着。彼が登壇する頃には、何千人もの人々が悪天候のなか危険を冒してまで運転して会場に駆けつけていた。驚くほどたくさんの人が集まっていた。

ジェブ・ブッシュ(Jeb Bush)元フロリダ(Florida)州知事がその2日前に学生食堂で集会を開いたときには、トランプ氏の10分の1ほどの人数しか集まらなかった。マルコ・ルビオ(Marco Rubio)上院議員の場合は1000人ほどで、パンケーキの朝食をふるまうと約束していたが、結局はコーヒーとマフィンになっていた。トランプ氏を待っていた19歳の学生は、「エンターテインメント的なものを期待している」と言った。
「すごいものになるだろう」と、建設会社を経営するブライアン・キャリー(Brian Carey)さんは言った。彼は自宅の敷地に、トランプ氏のスローガン「偉大なアメリカを取り戻す」の自作の看板を掲げているという。「撤去することはないよ」と、彼は言った。
■オペラとビートルズと…エルトン・ジョン
トランプ氏のライバル候補たちが好むアットホームな会場は、トランプ氏の好みではない。有権者と握手してセルフィーを撮るといったニューハンプシャー的な質素な戦略は、トランプ氏にとってはどうでもいい。彼は州で最も大きな会場である、1万人を収容できるベライゾン・ワイヤレス・アリーナ(Verizon Wireless Arena)をおさえた。司会者は、その費用はトランプ氏がポケットマネーから出したと言った。
ブッシュ氏とルビオ氏がタウンホール集会を国家への忠誠の誓いで始めたのに対し、トランプ氏の支持者たちはまるでバスケットボールの試合やロックコンサートを見に行くかのようにスナックやソーダを購入していた。
彼らが席に着く間、スピーカーからは有名なプッチーニ作曲のアリア「誰も寝てはならぬ(Nessun Dorma)」や、ビートルズ(The Beatles)やエルトン・ジョン(Elton John)のナンバーが流れた。ゴリゴリの保守派にしたら、少し外れた選択だろう。聴衆の一人は、「なんでクィアのリベラルの歌を聞かなきゃならないんだ」と愚痴っていた。
それから司会者が、抗議をするときは暴力を使わないようにと注意した。司会者は観客に冷静になるよう促し、必要ならば警察が出てくるとも語った。私は明らかに違う種類の選挙集会に来たようだ。

欧州の政治家たちは、できる限り自分がどこにでもいる普通の人間だと装おうとする。だがトランプ氏は、自分がどれだけ金持ちで成功した男であるかをアピールする。彼は伝説的なビリオネアであり、人々はまるで彼の成功をおすそ分けしてもらえると信じているかのようだった。すべてはイメージとパワーだ。
ステージは赤と白と青のネオンで彩られた「偉大なアメリカを取り戻す!」というスローガンと米国旗で飾られていた。
■主役の登場
すると、会場には彼の家族が金ぴかの部屋で座っていたり、一番下の息子がライオンのぬいぐるみにまたがっていたりする映像などが挿入されたキャンペーンビデオが流れた。彼が登場した瞬間、群集は熱狂。彼が口を開いた瞬間、聴衆は魅了された。アメリカが抱える問題の要因になっていると彼が主張する国々や、その国の人々を彼が侮辱すればするほど、群集は彼のとりこになった。
ライバル候補を、女々しい腰抜けと呼ぶために女性器にたとえるような政治家がほかにいるだろうか?トランプ氏はテッド・クルーズ(Ted Cruz)上院議員に対して、聴衆にいた1人の女性の言葉を引用して、その言葉「プッシー」を使った。「彼女は彼をプッシーと呼んだ。まったく、ひどいな」と、トランプ氏は首を振りながら怒っているように見せかけて言った。すると聴衆は、口笛や拍手で沸いた。

彼の有名な政策はキャッチフレーズにもなっている。「誰が(国境に築く)壁の費用を負担するんだ?」と彼が叫ぶと、聴衆は「メキシコ!」と叫び返した。そして「USA! USA! USA!」の大合唱になった。

もちろん、トランプ氏と彼の支持者をあざ笑うのは簡単だ。彼は行く先々で選挙運動のルールを破っている。にもかかわらず、彼はそのカリスマ性とクセのある性格で、なぜか支持率トップを走っている。
■なぜトランプ氏を選ぶのか
ワシントン(Washington D.C.)やニューヨーク(New York)のアナリストたちは、米国の地図は民主党支持の州と共和党支持の州、黒人有権者が多い都市と肉体労働者が多い都市などがパッチワークのように分布していると分析する。しかし多くの人々は、そうした「固定票」として見られることに、うんざりしている。自分たちの抱える問題が、投票日が終わるやいなや忘れられるからだ。
既得権益を奪われた米国人たちは、政治にうんざりしており、そこにトランプ氏がエンターテインメントを提供してくれるために、彼を支持する。彼らは、職業政治家、主流メディア、既存のシステムに怒っている。私が話しかけた聴衆の何人かは、「ジャーナリストには話さない」と拒絶した。トランプ氏はロックスターのようにステージを支配して、ファンたちを興奮の渦に包みこむ興行師だ。それは政治ではなく、エンターテインメントと呼ぶほうがふさわしいだろう。

彼がスピーチを終えて(質問は受けつけない)、聴衆のなかを通るときは、みんなと握手をして、まるでパパラッチに追われる映画スターのように写真を撮られていた。
トランプ氏の選挙戦略は、朝のテレビ番組に電話をかけ、ライバル候補をののしり、イスラム教徒、メキシコ人、女性、障がい者、もしくは自分の邪魔になる人すべてを攻撃することによって、ライバルの分の酸素までを吸い尽くすことだ。
彼の支持者は概して、白人で労働者階級であり、世界における米国の地位低下に戦々恐々としている層だ。彼らは失業中だったり低賃金に苦しんでいたりする。そこにトランプ氏が登場し、彼らを激励して夢を見させているのだ。

同氏は、多くの米国人が抱えている問題や恐怖を指摘しているという意味では賢いのかもしれない。だが対立候補たちが言うように、彼はそれらの問題に対して何の答えも示していない。 (c)AFP/Jennie Matthew
このコラムは、ニューヨークを拠点とするジェニー・マシュー(Jennie Matthew)が執筆し、2月17日に配信された英文記事を日本語に翻訳したものです。
