【8月6日 AFP】同性愛者の霊媒師を主人公にした小説で国際的な反響を呼んだミャンマーの作家、Nu Nu Yiさんの自宅には、古い本棚に並ぶ書物以外に贅沢品といえるものは存在しない。

 今年50歳のNu Nu Yiさんは、軍政が続くミャンマーで、同胞のほかの作家同様に、厳しい検閲体制と戦い、信念を曲げずに執筆を続けてきた。

 Nu Nu Yiさんは、故郷のInwaという地名をペンネームに執筆活動を続け、アジア有数の文学賞であるMan Asian Literary Prizeの今年の候補にノミネートされた。最終選考結果は11月に香港の授賞式で発表される。

 1962年以来続く軍政下で国民がいかに暮らしているかを正確に描写する数少ない作家の1人。それが自分と読者に対する唯一の責任の取り方と語る。

 ミャンマー軍政は検閲により、国内で出版、放送される内容を完全な統制下に置いている。

 国連はミャンマーで収監されている政治犯の数を1100人と推定。国内の著名な作家も複数含まれる。こうした状況の中、Nu Nu Yiさんが誠実に執筆を続けていくことはいやが上にも困難になる。

 今回Man Asian Literary Prizeの候補作となったのは、『Smile as they bow; Laugh as they bow』。最初は1994年に出版されたが、検閲でほとんど日の目を見ることがなかった。

 作品の背景は、ミャンマー中心部の都市マンダレー(Mandalay)郊外のTaung Pyoneで8日間にわたり行われる祭り。そこでまつられる霊はNatsと呼ばれ、国内で仏教と同じくらいの宗教的影響力を持つ。

 主人公は53歳の同性愛の男性霊媒師で、弟子入りした23歳の青年と恋に落ちる。しかし青年は祭りの最中に女性と駆け落ちを試みる。

 同性愛の男性は占い師あるいは霊界との交流をつかさどる霊媒師として重宝される。霊のNatsと交信できるとされる霊媒師をNu Nu Yiさんは3年かけて取材した。

 Nu Nu Yiさん自身、祭りの行われるTaung Pyoneからさほど離れていない場所で生まれた。しかし霊の集まるといわれるNat Pweの催しに行くことは親から許されなかったという。祭り泥酔した人が多いからというのが理由だった。

 祭りには40代、50代の女性が多数やってきて、音楽、ダンス、飲酒で霊を慰めたという。

 地方の因習を背景に執筆したことを理由に、作品は検閲で禁止された。国家の文化的価値をおとしめるというのが軍政側の理由だった。

 検閲とぶつかったのはそれが最初ではない。数十年に及ぶ軍政と、経済の崩壊の下での国民の厳しい生活を生々しく描写することに対し、軍政は特に神経をとがらせている。

 ミャンマーでは同性愛行為も禁じられているうえ、軍政は、単なる迷信とみなすNatsの信仰が広がっていることで面目がつぶされたと考えているともいわれる。

 結局、検閲当局は同性愛の2人の親密な会話の詳細と、Natsの霊の力に関する描写を削ることを条件に著作の出版は許可した。

 同性愛の霊媒者のなかからも、Nu Nu Yiさんの作品に対する反発があった。秘密に包まれた彼らの世界をあまりにも赤裸々に描いているというのが理由だった。

 小説の主人公が住む家は、マンダレー近郊に実在する霊媒者の家と酷似していたため、読者が小説のモデルだと思って訪問し、迷惑をかけることもあった。

 執筆に関する困難が続いたことで、Nu Nu Yiさんはついに筆を折った。15冊目となる同書を最後に執筆をやめ、時々地方の雑誌に寄稿するだけの生活が続いた。

 しかし、最新作を含む2冊の翻訳の話が持ちこまれたことで状況が変わり始めた。

 ニューヨークのHyperion Booksと契約を結び、アルフレッド・バーンバウム(Alfred Birnbaum)氏の翻訳で英語版を出すことが決まった。

 これを機にNu Nu YiさんはMan Asian Literary Prizeに応募、23人の候補の1人に残ることができた。

 現在は、伝統的な家庭の生活に関する小説を執筆中。次回作は、ミャンマーからタイに移り住んだ人の話になりそうだ。

 気持ちが沈んで10年にわたり筆が執れなかった時代はついに終わった。

 「霊媒者だったら、霊はもう私のことを怒っていないと言うかもしれませんね」(c)AFP/by Hla Hla Htay