【10月9日 AFP】太平洋の海中を物憂げに漂う透明な美しいクラゲが、現在の生物医学分野で不可欠な「道具」になろうとは、そして2008年ノーベル化学賞の授賞理由になろうとは、誰が想像できただろう。

 オワンクラゲは、緑色蛍光タンパク質(GFP)を持っており、興奮するとこれを発光させる。米ウッズホール海洋生物学研究所・元上席研究員の下村脩(Osamu Shimomura、80)氏(日)と、マーティン・チャルフィー(Martin Chalfie)氏(米)、ロジャー・Y・チエン(Roger Y. Tsien)氏(米)の3氏は、この「GFPの発見と開発」が評価されて今年のノーベル化学賞を授賞された。

 GFPは、のちに医療現場などで「魔法のマーカー」として応用された。例えば、腫瘍(しゅよう)が増殖しているか、神経障害であるハンチントン病が脳細胞にどのように広がっていくかなど、それ以前には見えなかった生物学的な過程を目視できるようになった。

 青色光または紫外線を当てるだけで、がん細胞、ハンチントン病やアルツハイマー病の細胞などが緑色に発光する。その仕組みとは次のようなもので、GFPの遺伝子を生物のゲノムに挿入すると、組織特異性の細胞において、別の遺伝子の影響により蛍光タンパク質が発光する。

 GFPは無毒で、「リアルタイム」、つまり動物を殺したり解剖したりすることなく生きたままの状態で実験できるため、実験が中断されることもない。

 英国王立化学会(Royal Society of Chemistry)のロバート・パーカー(Robert Parker)氏は、「GFPは細胞およびその機能に関する研究の方法に革命をもたらした。今や、わたしたちが目にする細胞の顕微鏡写真といったら、GFPで発光しているものがほとんどだ」と語る。

 その後、発光ヒトデのタンパク質をもとに赤、青、黄などの蛍光色も開発され、さまざまな細胞の地図を作成することができるようになった。赤色蛍光のタンパク質は生物組織への浸透がほかの色のものよりも容易であり、体内の細胞・組織の研究への高い有用性が期待されている。
 
 米ハーバード大学(Harvard University)の研究チームは2006年、脳の回路を可視化したマウスを作製し、「Brainbow」と名付けた。遺伝子操作されたマウスの神経細胞1本1本に、それぞれ異なる色付けをしたものだ。

 GFPバイオセンサーの開発にも期待がかかる。この場合、遺伝子操作した大腸菌にGFPを挿入する。ヒ素、シアン化物、重金属、トリニトロトルエン(TNT)などの特殊な化学物質に触れると、センサーが発光するという仕組みだ。

 GFP発見への道を開いたのは下村氏で、1960年代に米国の西海岸で数十万匹のクラゲを収集・解剖して、オワンクラゲの発光源であるGFPを特定した。

 そして1990年代、チャルフィー氏は、GFPの遺伝子をシノラブディス・エレガンスという線虫のゲノムに接合し、発光に関わる細胞6個を特定した。チエン氏は、蛍光色の色数を増やすことによって発光時間を延長し、光度を強化させた。(c)AFP