■こめかみを殴られた

カブラル氏は、「私は副船長だった。イタリア人船長がまだ立っていたため、彼ら(イスラエル軍)はすぐに船長を標的にした。その時、私は左のこめかみを殴られた」と振り返った。

「彼らはその後、暴力をふるい続けながらプラスチック製の結束バンドでわれわれの両手を縛り、コンテナが置かれたこの監獄船に移送した」「彼らが英語で『楽しもうぜ』と言っているのが聞こえた」

拘束された活動家は3日間にわたって医師による診察を求めたが、イスラエル兵の答えはいつも「後で」だったという。

カブラル氏は、「彼らは、てんかんを患っている人の薬を没収した。また『シリウス号』の乗員7人で計35か所を骨折した」と自身の肋骨や腕を指しながら付け加えた。

監獄船では、上甲板からパンと水が入った箱を投げ落とす形で食事を与えられたが、「十分な量ではなかった」という。

「(拘束され監獄船に乗せられた活動家は)200人はいたはずだ。もっと水やトイレットペーパー、女性用の生理用品をくれと頼んだ。すべてのものをくれと頼むしかなかった」

拘束された活動家は20日に監獄船から降ろされ、護送車に詰め込まれてイスラエル南部アシュドッド付近に監禁された。

カブラル氏によると、手錠は「あまりにもきつく」締められ、拘束された活動家たちは何時間も体を二つ折りにさせられた。

「何も見えなかった。彼らはわれわれの首を圧迫してきた」「そして、われわれを平手打ちし、侮辱し続けた。兵士たちは笑い合い、イスラエル国歌を流していた。ヨルダン人やチュニジア人に対しては、特に当たりがきつかった」

22日朝、活動家たちはようやくイスラエル南部エイラート近くにあるラモン空港へと移送された。

「そこでもまた侮辱を受けた」とカブラル氏は語った。