チャン・セギル主任研究委員提供(c)NEWSIS
チャン・セギル主任研究委員提供(c)NEWSIS

【02月24日 KOREA WAVE】2000年代初頭、韓国の夜は世代ごとに異なる表情を見せていた。20代は音楽に身を任せて踊る「ブビブビ」のフロアを楽しみ、30~40代はウェイターに案内されて席を移動する「ブッキング」の空間へと向かった。同じ成人向けナイトクラブでも、内部の風景は大きく異なっていた。

こうした現象を分析したのが、大韓民国歴史博物館が主催する第2回近現代史コロキウムで発表予定の研究「日常のカーニバル―成人ナイトクラブ、逸脱と抵抗の境界」だ。発表者は全北研究院のチャン・セギル主任研究委員。成人ナイトクラブは単なる娯楽空間ではなく、2000年代初頭の30~40代が独自の方法で夜を消費した文化的装置だったと位置づける。

当時はY2K問題を乗り越えた後の漠然とした楽観論が広がり、IMF通貨危機を耐え抜いた反動心理も重なって、社会全体に「過剰」の空気が漂っていた。クラブを楽しむことは個人の経済力や社会的感覚を示す象徴として機能し、遊興は「罪悪」ではなく「趣味」や「ライフスタイル」として再定義され始めていた。

空間の性格も変化した。かつて地下にあった隠密的な場は、より開放的で共有性の高い空間へと拡張された。ナイトクラブは私的な欲望を満たす場であると同時に、他者との関係を通じて自己のアイデンティティーを試す舞台でもあった。

技術と感性が交錯する過渡期でもあった。ADSLなどの高速インターネットや折り畳み式携帯電話が普及し、昼はCyworldで感情を共有し、夜はオフライン空間で関係性を試すという生活様式が根付いた。チャン氏はこれを「マルチ・ペルソナ」の登場と説明する。会社員や親としての自我と、夜のダンサーや出会いの主体としての自我が共存していたという。

成人ナイトクラブを特徴づける核心は「ブッキング」にあった。キャバレー時代の「ジョイン」に由来する文化で、1990年代後半から2000年代半ばに最盛期を迎えた。ウェイターがテーブル同士を仲介し、見知らぬ男女が出会い、気に入らなければ席を替える。匿名性と非公式性を前提とした関係形成の様式だった。

注目すべきは、その中心に30~40代がいた点だ。チャン氏は「ダンスによるストレス解消が表向きの目的だとしても、根源的な目的は男女の出会いを仲介するブッキングにあった」と指摘する。「成人ナイトは既婚男女の紹介の場が黙認される空間であり、既存秩序から一時的に離れるカーニバルの場だった」と説明した。

当時のメディアはこれを「逸脱」と規定し、ナイトクラブを性的退廃の温床として描いた。しかし儒教的な厳格主義と西洋的快楽主義が併存していた韓国社会において、成人ナイトは禁忌と欲望が衝突する境界地帯だった。抑圧された日常に対する一種の抵抗と解放のカーニバルとして機能していたというのが、同氏の解釈である。

チャン氏は、成人ナイトを道徳的な物差しだけで評価するのではなく、当時の社会が経験した価値観の転換や文化消費様式の変化を映す事例として読み解く必要があると提起する。

(c)NEWSIS/KOREA WAVE/AFPBB News