多くの惨禍と将来へのかすかな希望 イラク戦争開戦20年
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■「怖がっていては何も実現できない」
人権活動家でフェミニストのハナー・エドウアルドさん(77)は、数十年にわたってイラクに民主主義を根付かせようと闘ってきた。キリスト教徒で共産主義の元活動家であるエドウアルドさんは、フセイン政権に反対したため、東西分断下のドイツの東ベルリンやシリアの首都ダマスカス、イラク北部のクルド人居住地域の険しい山岳地帯での亡命生活を余儀なくされてきた。
2003年3月の米軍によるイラク侵攻のすぐ後にバグダッドに戻った際、最初は「夢」のようだったと、エドウアルドさんは回顧した。
しかし、長年経済制裁で苦しめられてきたイラクが占領されて米軍の装甲車両が街中を走り回るのを見たエドウアルドさんは、すぐに幻滅させられた。
活動家や当局者の拉致や脅迫、殺害が日常的に起きていたイラクで、宗派間抗争の予兆が感じられる中、エドウアルドさんは自らが1990年代に創設したNGO「アマル(Amal)」で働き続けた。
「人権を重視する独立した市民社会や民主的なイラクの建設」というアマルの目標は今も昔も変わらないという。国会での女性議員数の割り当てを実現したのは、「歴史的な瞬間だった」と誇らしげに振り返った。
2011年の映像は、怖いもの知らずのエドウアルドさんの勇敢さを証明している。当時のヌーリ・マリキ(Nuri al-Maliki)首相に対して、拘束された4人のデモ参加者を釈放するよう要求して声を張り上げていた。マリキ氏の隣で冷静になるよう求めているのが、現首相であるムハンマド・スダニ(Mohammed al-Sudani)氏だ。
「怖がっていては何も実現できない」とエドウアルドさん。現在のイラクは「課題が山積」しており、既存政党は権力の座にとどまることが目的になっていると語気を強めた。
■政治的な「レッドライン」
アラン・ザンガナさん(32)は2003年、米軍がバグダッドに入城するのを家族と一緒に住んでいた北部のクルド人自治区で見ていた。
「事態の推移を見守るため、夜明け前まで起きていた」
ザンガナさんはその数週間後、世界にニュースを伝える報道陣が見守る中、フセイン像が米軍兵士によって引き倒されるのを驚きをもって目撃することになったと話した。
「像が2003年4月9日に倒れた際、私たちは(フセイン政権崩壊が)現実に起こったのだと認識した」
ここ3年間、ザンガナさんは時事問題や歴史に関するポッドキャストを制作し、「言論の自由」の境界を押し広げてきた。
ザンガナさんは「イラクのエリートたちは過去20年間に起きたことを恐れて閉じこもっている。これらの人たちは友達が死んだり、脅迫されたりしたのを目の当たりにしてきた」という。
ザンガナさん宅を訪れていたイラク人は、政治や歴史ある豊かな文化、困難な状況下にある経済をめぐって意見を交わしていたが、2人は危険を避けるために発言には注意しなければならない。ザンガナさんは「なおもレッドラインは多くある。健全なことではない」と話した。