【10月22日 AFP】ベトナムの漁師グエン・バン・ロックさん(43)は、中国海警局の船に襲われた経験が数え切れないほどある。

「昔は怖かった。でも今は、これが普通の生活だ」と語る。

 2020年の夏、南シナ海(South China Sea)の西沙諸島(パラセル諸島、Paracel Islands)付近を航行中のことだった。ロックさんの船は、中国船から何度も体当たりを受けて転覆。海に投げ出された乗組員13人は、必死で魚籠(びく)につかまり、救助を待つほかなかった。ロックさんは繰り返し殴られ、漁獲物や漁具を強奪された。

 この数年前にも、漁を終えて港に帰る途中、2隻の中国船に体当たりされ、しばらく追跡された。中国船は重機関銃で武装し、乗組員はおのを手にしていた。

 資源が豊富な南シナ海は、ベトナムと中国が共に領有権を主張する。係争海域の大半は現在立ち入り禁止とされ、残る海域も乱獲の影響を受けている。ロックさんは15歳で漁師になった。かつて1日できた漁は、もはやたった1時間しかできなくなった。

 ロックさんの漁船が襲撃された事件はベトナムで大きく報じられ、同国外務省は中国政府に調査を要請した。

 海で中国船から嫌がらせを受けたと訴えるリーソン(Ly Son)島の漁師は、ロックさんだけではない。島の漁業協同組合によると、2014年以降中国船によって破壊されたベトナム漁船は98隻に上る。

 南シナ海は、戦略的に極めて重要な海域だ。ベトナムをはじめ近隣諸国も領有権を主張しているが、中国は3期目続投が確実視されている習近平(Xi Jinping)国家主席の下、ますます領有権の主張を強めている。

■撃ち落とされるベトナム国旗

 リーソン島の海辺では、伝統的な円すい形の編みがさ「ノンラー」をかぶった女性たちが並んで漁獲物を仕分けている。近くに漁船の修理工場があるが、中国船の襲撃で生じた損傷を修繕できる設備はない。多くの船がベトナム本土まで修理に行かざるを得ず、その間、漁はできなくなる。

 中国は1974年、当時のベトナム共和国(南ベトナム)海軍と交戦の末、西沙諸島を支配下に置いた。南ベトナム軍は75人の戦死者を出した。

 リーソン島の漁協によれば、中国海警局の船はベトナム漁船が掲げる国旗を撃ち落としてくる。歯向かえばどうなるか分からないため、多くの漁船員はおびえ、現場海域を離れるしかない。同島では、中国船の襲撃や、悪天候時に中国船が救助を拒否したことにより、この30年間に120人の漁師が死亡したという。

「私たちの船は小さいから、追いかけられたら逃げるだけだ」とロックさん。だが、多くの漁師仲間と同様に、祖父や父の代から漁を続けてきた海域には愛着がある。

「この漁場は先祖代々のものだ。決して手放さない」とロックさんは語った。(c)AFP