【10月23日 AFP】タイ・バンコクの混雑した道を「ピンクの悪魔」が駆け抜ける。トゥクトゥクや車、バイクを猛然と追い越し、間一髪で衝突を回避しながら停車し、客を乗せると再び混み合った道路に戻っていく。悪名が高いバンコクの冷房なし路線バス8番だ。

 8番バスはあまりにも評判が悪いことで有名で、替え歌が作られ、ティックトック(TikTok)やユーチューブ(YouTube)に投稿された恐ろしい動画が話題を呼び、カーアクション映画シリーズ「ワイルド・スピード(Fast & Furious)」風の長編映画まで作られたことがある。

 現在は、古いディーゼル車から段階的に電動車に移行している途中だ。

「ピンクの悪魔」とふざけて呼ばれることもある8番バスをちゃかすような風潮がある。だが、背後には、長時間労働で、できるだけ多くの客を乗せて走った方が有利な仕組みという運転手の厳しい労働環境問題が隠れている。

 市内の南北30キロを結ぶ8番バスは、毎日約60本が運行している。1日の乗客数は70万人、運賃は10バーツ(約40円)。

 8番バスでは近年、死者が出る重大事故が相次ぎ、改革を求める声が上がった。現在は新しい運営会社が、制度の改革を行っており、サービスの改善と電気バスへの移行を約束している。

 世界保健機関(WHO)によると、タイの交通事故の死者数は世界で9番目に多い。新型の電気バスでもすでに事故が1件起きている。負傷者はいなかったが、8番バスの悪評を払しょくするのは簡単ではないことが示された。

 交通機関の専門家、スメート・オンキッティクン(Sumet Ongkittikul)氏によると、8番バスの問題の根源は、バンコク大量輸送公社(BMTA)から路線の運営権を購入した複数の民間企業にあると指摘する。

 運転手は、給料に加え、運賃の売り上げの一部を受け取る仕組みになっている。運転手が「できるだけ多くの客を乗せ、急ぐのは非常に合理的だ」「同じ会社の運転手間でも乗客の取り合いが起きている」と説明した。

 約10年にわたり冷房なし8番バスの運転手を務めるアピサック・ソットムイさんは「競争だ」と話す。

 アピサックさんのシフトは午前4時から始まる。午後9時前に上がることはできない。雨が降ったり、渋滞したりすると、さらに遅い時間まで働かざるを得ない。バンコクではほぼ毎日、雨が降るか渋滞している。

 アピサックさんの日給は150~200バーツ(約580~770円)で、これに運賃の売り上げの10%が上乗せされる。

「毎日、少なくとも4往復ぐらいしなければ、暮らしていけるだけ稼げない」と言う。「新しい運営会社には、安全運転の講習に力を入れてもらいたいと私たちは思っている」

 家族で8番バスを運営するヨーティン・ウティサックチャイクン(Yothin Wuttisakchaikul)氏は8番バスの悪評は、「この路線に乗ったことのない」ネットユーザーのせいだと主張した。

「実際の乗客は8番線の実際のサービスを知っている」とし、運転手は競ってバスを運転しているものの「怖がるほどではない」と付け加えた。

 乗客のサイピンさん(47)は、バスが新型になったことでサービスにも変化があったと話す。新型バスの料金は旧型よりも少し高い15バーツ(約60円)だ。

「古いバスはスピードを出すものが多かった。新しいバスでは間違いなくその点が改善されている」とAFPに話した。(c)AFP/ Rose TROUP BUCHANAN / Pathom SANGWONGWANICH