【9月5日 AFP】ウクライナ人科学者のイワン・ルセフ氏(63)は、黒海(Black Sea)に面した白い砂浜を行きつ戻りつして、安堵(あんど)のため息をついた。きょうは、イルカの死骸が見つからなかったからだ。

 ルセフ氏は、南西部ベッサラビア(Bessarabia)地方にあるトゥズリウ(Tuzly)川河口国立自然公園の研究責任者を務めている。

 ロシアによるウクライナ侵攻開始後、付近にイルカが漂着し始めた。今では、近くに対戦車地雷が埋設された浜辺を毎朝歩き、打ち上げられたイルカがいないかどうか確認するのが日課の一つとなっている。

 「トルコやブルガリア、ルーマニアの研究者仲間に連絡したところ、皆が同じ状況を目にしていた。戦争開始以来、非常に多くのイルカが死んでいる」とルセフ氏は話す。

 同氏の推定では、死んだイルカの数は5000頭に上り、これは黒海の生息数の約2%に相当する。ルセフ氏は、イルカの大量漂着の原因はロシア軍艦艇の軍用ソナーであることに疑いの余地はないと考えている。

 軍艦や潜水艦が搭載する強力なソナーは「イルカの聴覚機能を妨害する」とルセフ氏は説明する。「イルカは内耳を破壊されて感覚を失い、方向を認識したり、狩りをしたりすることができなくなる」ほか、免疫機能の低下により致死性の病気にかかりやすくなるという。

 ロシアとウクライナは、戦争による環境への悪影響についても互いを非難しており、ルセフ氏の仮説も、双方から受け入れられているわけではない。ロシアの研究者は、イルカなどを死に至らせるモルビリウイルスが大量死の原因ではないかと指摘している。

 ルセフ氏らの研究チームは、論争に終止符を打つため、最近死んでいるのが発見されたイルカからサンプルを採取してドイツとイタリアに送り、結果が出るのを待っている。

 ルセフ氏の国立公園も軍事攻撃を受けており、100ヘクタールの保護区が焼失した。同氏は、「戦争は恐ろしいものだ。生態系全体に影響を与える。そこには、容易には回復しない種も含まれている。自然のバランスも同じだ。簡単には回復しない」と危機感を示している。(c)AFP/Thibault MARCHAND