■伝統工芸品への加工も

 プロジェクトでは現在、折れ剣を打ち刃物に再生させる計画も進行中だ。武生特殊鋼材のほか、同じく越前市で伝統工芸品の越前打ち刃物を手掛ける高村刃物製作所(Takamura Hamono)が参加している。

 フェンシングの剣の素材であるマルエージング鋼は、ゴルフクラブや航空機、ロケットにも使われる。「粘り強くて伸びがいい。ぼくらが研究してきたものと比べるとはっきり言って全然違うもの」と、高村刃物の高村光一(Terukazu Takamura)社長 (58)は言う。

 高村氏は包丁の形や柄について、「フェンシング(の剣)を連想できるような特徴のある形を作りたい」と話す。「切れ味もきちんとした作りのものを」と意気込む。協会の鈴木代表によると、ふるさと納税の返礼品としての流通を見据えている。

 越前打ち刃物の歴史は700年前にさかのぼる。京都の刀匠・千代鶴国安が現在の越前市に移住し、農民のために鎌を作ったのが始まりとされる。戦うための刀でなく、国を豊かにする、よく切れる鎌の作り方を教えたのだ。現在も越前市には刃物製作所が軒を連ね、技術を継承している。

 高村家は代々鍛冶屋で、祖父が独立。高村氏は3代目として兄弟と息子、従業員の10人ほどで「高村作」を手掛ける。国内外のトップシェフに愛用されており、近年は海外の購入者が全体の4割を占める。

 包丁1本を仕上げるのに100以上の工程がある。「材質、熱処理、研ぎ」にこだわり、よく切れるステンレス包丁を探求してきた。

 見延選手は、プロジェクト開始以前から越前打ち刃物と関わってきた。越前市のふるさと大使に就任した際、高村作の打ち刃物と出会ったのがきっかけだった。以来、料理道具としてだけではなく、競技に臨むメンタル面の強化手段として利用している。ピーキング(試合に向けたコンディション調整)に「研ぎ」を採り入れ、心を整えているのだ。

 研ぎは、刃物に命を吹き込む工程だと見延選手は言う。自身は「気持ちを無にし、地元を背負う意味合いを込めて研いでいる」。

「研いでいる時は無心になれる。自分が今やらないといけないことがクリアに見えてくるので、そういう意味で競技に生きている」

 大きな成果が出たのは、東京五輪だ。男子エペ団体に出場し、日本フェンシング史上初の金メダルを獲得した。

 7月の世界選手権では個人で銀、団体でも銅を獲得。「最高の形で今季を締めることができた。来季は今よりも少しでもいい状態をつくってスタートさせたい。今回取れなかった金メダルを獲得して、パリ五輪の出場権を確定させたい」と抱負を語った。