■安全な中絶は大切な権利

 中絶の権利をめぐる議論は、世界的にも社会を分断する最大の論点の一つとなっている。米国では最近、連邦最高裁判所が、女性の人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた1973年の「ロー対ウェイド(Roe vs. Wade)判決」を覆す判断を下した。

 日本では1948年に制定された優生保護法(現・母体保護法)によって中絶が合法化され、中絶実施は通常妊娠満22週未満まで認められている一方、配偶者やパートナーの同意を必要とする。例外が認められているのは、レイプやDVによる妊娠、あるいは配偶者・パートナーが死亡・行方不明の場合のみだ。

 現在、人工妊娠中絶手術にかかる費用は約10万〜20万円で、妊娠中期12週以降の場合はさらに高額になる。

 英製薬会社ラインファーマ(Linepharma)は昨年、厚労省に対し、妊娠初期に使用可能な経口中絶薬の国内使用を認めるよう申請した。

 バイエル薬品(Bayer Yakuhin)と東京大学(Tokyo University)は2019年、15〜44歳の日本人女性の予定外妊娠は年間推計61万件に上るとの調査結果を発表した。

 学生時代に中絶手術を経験した染矢さんは「すごく怖かった」と話した。中絶するにしても、もっといろいろな選択肢を安心して選ぶことができれば良かったとも述べた。

 日本では、女性が能動的に使える避妊方法の選択肢も限られており、男性主体のコンドームが圧倒的に多い。低用量ピルは申請から何十年もかかって1999年にようやく承認された。男性機能不全(ED)治療薬バイアグラがわずか6か月で承認されたのとは対照的だ。

 国連のデータ(2019年)によると、フランスでは約3割、タイでも2割近くの女性が使用している低用量ピルの日本での使用率は2.9%だ。

 子宮内に挿入することで妊娠を防ぐIUDという器具にいたっては、0.4%の使用率にとどまり、避妊インプラントや避妊注射、避妊パッチといった選択肢は承認すらされていない。

 女性が予定外の妊娠に直面し出産を望まない場合、安全な中絶を受けられることは大切な権利だと、染矢さんは考えている。