【5月5日 AFP】ウクライナの首都キーウ近郊にあるブチャ(Bucha)のヤブルンスカ(Yablunska)通り(リンゴの木通り)では、ロシア軍による戦争犯罪の犠牲者とみられる少なくとも20人の遺体が見つかった。そのうち、AFPの調査により明らかになった4人の最期について、全4回の連載で伝える。

■第3回:「恐れ知らずのマクシム」 ── マクシム・キリエーエウさん(39)

 建設作業員だったマクシム・キリエーエウ(Maksym Kirieiev)さん(39)の遺体は、ヤブルンスカ通りとヤレムチュカ(Yaremchuka)通りの交差点で、建設現場前に積まれた舗装資材のそばにうつぶせに横たわり、その下には血だまりができていた。

 AFPはこの場所で、キリエーエウさんを含め3人の遺体を撮影。うち1人は、非戦闘員であることを示すために市民が身に着けていた白い布で後ろ手に縛られていた。

 ロシア軍の侵攻開始後にキリエーエウさんと親しくなったイリナ・シェウチュク(Iryna Shevchuk)さん(52)によると、キリエーエウさんはロシア軍の目を逃れて地下室で生活していたが、街中を行き来する必要があった人々を進んで助けていたことなどから、周囲からは「恐れ知らずのマクシム」と呼ばれていた。

 シェウチュクさんがAFPの取材に応じた場所から100メートルほど先にある遺体発見現場には、死後1か月以上が過ぎた今もキリエーエウさんの血痕が残っていた。

 キリエーエウさんは生前、動画やメッセージでロシア軍の侵攻について記録していた。シェウチュクさんは3月中旬に食料が尽きて市外へと脱出したが、その後もキリエーエウさんの記録は続いた。

 亡くなったのは、ロシア軍にブチャが占領されて数週間後の3月17日だった。シェウチュクさんによると、キリエーエウさんは少なくとも1人の男性と共に避難場所から出て、近くの建設現場に着替えを取りに行ったきり、戻ってくることはなかった。

「とても大切なことは、マクシムのために正義を勝ち取ること。罰を与えなければ、彼ら(ロシア)はこの先も同じことを繰り返すのだから」とシェウチュクさんは話した。(c)AFP/Daphne Rousseau and Joshua Melvin