【3月31日 AFP】ウクライナの首都キエフをめぐる戦いは市周辺の村や町が舞台となっている。規模の小さな農村、ルキヤノフカ(Lukianivka)もそのうちの一つで、崩れ落ちた教会のそばには、焼け焦げた戦車と土をかけられたロシア兵の遺体が残されている。

 ウクライナ軍はキエフの東70キロに位置するルキヤノフカを1週間前にロシア軍から奪還した。

 ウクライナ政府は、こうした村々で戦いの潮目が変わっているとしている。

 ロシア政府のキエフ包囲作戦は停滞。ウクライナ政府は町や村を奪還したと主張し、ロシアはキエフ周辺での軍事作戦を縮小すると表明した。

 ロシア軍の緑色の軍服や戦闘糧食、菓子がルキヤノフカのぬかるんだ地面に散乱している。1か月にわたって村を占領したロシア軍が敗走する際に残していったようだ。

 砲塔が吹き飛ばされた2両の戦車も残されている。

 うち1両には、侵攻開始時にベラルーシから越境した部隊であることを示す「O」の文字が書かれている。

 もう1両は、ぬかるんだ野原に放置されている。数メートル離れた場所には、焼け焦げたロシア兵の遺体があり、ウクライナ兵が土をかぶせたが、一部は露出したままだ。

 村民はほとんどが避難し、戦闘で少なくとも6軒の家が破壊された。

 あるウクライナ兵は村の惨状を指して「これが『非軍事化』で『非ナチ化』ってやつだ」と、ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領が侵攻を正当化した際の発言を皮肉った。

 1879年に建てられた木造の昇天教会(Church of the Ascension)は、ロシア革命の指導者ウラジーミル・レーニン(Vladimir Lenin)が率いた一派ボルシェビキ(Bolshevik)に数年間閉鎖を強いられる苦難を乗り越え、今日まで存続してきた。だが、それも今や木切れの山と化した。(c)AFP/Danny KEMP